第88話「一歩前へ」
歓迎会から数日後。
『ツインスターズ・ストーリー Season2』
第七話アフレコ当日。
スタジオには普段以上の緊張感が漂っていた。
理由は簡単だった。
今日収録するのは物語前半最大の山場。
主人公たちの絆が壊れかける重要エピソード。
そして。
玲奈が演じる新キャラクター・如月凛音のメイン回でもあった。
―――
収録開始前。
真優は台本を見つめる玲奈に気付いた。
いつも通り静か。
でも以前とは少し違う。
張り詰めた雰囲気ではない。
どこか落ち着いていた。
真優が近付く。
「おはよう」
玲奈が顔を上げた。
「おはようございます」
「緊張してる?」
玲奈は少し考える。
そして。
「少しだけ」
真優は笑う。
「それなら大丈夫」
「どうしてですか?」
「本当に危ない時の玲奈ちゃんは」
「少しじゃないから」
玲奈は思わず吹き出した。
「確かに」
その様子を見ていた葵が口を挟む。
「笑えるなら平気だな」
美優も頷く。
「うん」
玲奈は三人を見る。
不思議だった。
少し前まで。
この三人は遠い存在だった。
追いかける背中だった。
でも今は違う。
ライバルで。
仲間だった。
―――
収録開始。
静かなスタジオ。
映像が流れる。
台詞が重なっていく。
真優。
美優。
葵。
順調に進む。
そして。
問題のシーンがやって来た。
凛音が仲間と衝突する場面。
怒り。
後悔。
寂しさ。
複雑な感情が入り混じる。
監督が言う。
「玲奈」
「お願いします」
玲奈は頷いた。
マイクの前へ立つ。
深呼吸。
台本を見る。
そして顔を上げた。
映像スタート。
―――
「どうして……」
小さな声。
かすかに震えている。
でも。
以前とは違った。
泣こうとしていない。
感情を見せようともしていない。
ただ。
必死に堪えている。
それだけだった。
「どうして私だけ……」
声が揺れる。
呼吸が乱れる。
涙を流していないのに。
悲しみが伝わる。
スタジオが静かになる。
スタッフも。
キャストも。
誰も動かない。
玲奈は演じ続ける。
そして。
最後の台詞。
「本当は……」
一拍。
「一緒にいたかったのに……」
その瞬間。
空気が変わった。
まるで本当に凛音がそこにいるようだった。
映像終了。
静寂。
数秒。
誰も声を出せなかった。
そして。
監督がゆっくり口を開く。
「……OK」
玲奈は目を閉じる。
監督は続けた。
「素晴らしかった」
スタジオの空気が動く。
スタッフたちも頷く。
真優は思わず笑った。
美優も拍手する。
葵も小さく頷いた。
玲奈は呆然としていた。
監督が褒めることは珍しくない。
でも。
今の一言は違った。
心からの言葉だった。
―――
休憩時間。
玲奈は廊下の窓際に立っていた。
外には青空。
その隣に真優が来る。
「お疲れ様」
玲奈が振り向く。
「ありがとうございます」
少し照れたように笑う。
真優も笑った。
「良かったね」
玲奈は頷く。
「はい」
そして。
少しだけ視線を落とした。
「でも」
「?」
「まだ負けてます」
真優は目を瞬く。
玲奈は真っ直ぐ言った。
「追いつきたいです」
「もっと」
「もっと上手くなりたい」
真優は少しだけ考えた。
そして笑う。
「じゃあ私も頑張らないと」
玲奈 「え?」
「追いつかれたら困るし」
玲奈は一瞬驚き。
その後。
自然に笑った。
「負けません」
「私も」
二人は見つめ合う。
そのやり取りを。
少し離れた場所で。
美優と葵が見ていた。
美優 「仲良いね」
葵 「本人たちは否定しそう」
美優 「ライバルだから?」
葵 「たぶん」
二人は苦笑した。
―――
収録は無事終了。
スタッフたちの評価も高かった。
SNSでは放送前から期待の声が増えている。
第二期は順調だった。
だが。
誰もまだ知らない。
この先。
作品の人気がさらに大きくなり。
真優たちの人生を変えるほどの大きなチャンスが訪れることを。
そして。
そのチャンスは。
すぐそこまで来ていた――。
第88話 完




