第87話「歓迎会の夜」
「というわけで」
アフレコ終了後。
監督が手を叩いた。
キャスト陣が顔を上げる。
「今日は神崎玲奈の歓迎会だ」
スタジオが少しざわつく。
真優 「やった!」
美優 「焼肉だって聞いた」
葵 「珍しく楽しそうだな」
美優 「焼肉だから」
玲奈は少し驚いていた。
「歓迎会……ですか?」
監督が頷く。
「第二期からの参加だからな」
スタッフも笑う。
「遠慮しないで楽しんで」
「今日は仕事の話禁止」
「無礼講だから」
真優が笑顔になる。
「じゃあいっぱい食べよう!」
葵 「真っ先にそれ」
美優 「予想通り」
玲奈は少しだけ笑った。
―――
午後七時。
焼肉店。
店内は賑わっていた。
席には監督やスタッフ、キャストたちが集まっている。
肉が運ばれてくる。
真優の目が輝く。
「きたぁぁ!」
葵 「子供か」
美優 「絶対言うと思った」
玲奈は少し圧倒されていた。
こんな現場は初めてだった。
以前いた作品はもっと事務的だった。
収録が終われば解散。
それだけ。
でも。
ここは違う。
監督も笑っている。
スタッフも楽しそうだ。
真優はすでに肉を焼いていた。
「玲奈ちゃん!」
「はい?」
「遠慮しちゃダメ!」
「え?」
「このカルビ美味しい!」
「こっちのロースも!」
「タンも食べよう!」
玲奈が困惑する。
「えっと……」
美優 「真優」
葵 「落ち着け」
真優 「だって歓迎会だよ?」
美優 「だからって焼肉大使にならなくていい」
玲奈は思わず吹き出した。
その笑顔を見て。
真優は少し安心した。
まだ遠慮がある。
でも。
少しずつ馴染み始めている。
―――
食事が進む。
話題も変わる。
学生時代の話。
オーディションの失敗談。
初めての仕事。
笑い声が絶えない。
その中で。
玲奈は少し驚いていた。
真優。
美優。
葵。
三人とも第一線で活躍している。
それなのに。
偉そうなところがない。
失敗も話す。
悩みも話す。
だから自然と人が集まる。
そんな気がした。
その時。
監督が玲奈を見る。
「どうだ?」
「え?」
「現場は」
玲奈は少し考えた。
そして答える。
「楽しいです」
監督が笑う。
「なら良かった」
玲奈も小さく笑った。
その言葉は本音だった。
―――
歓迎会終了後。
店の前。
夜風が心地いい。
スタッフたちは帰路につく。
監督たちも解散した。
そんな中。
真優が声をかける。
「玲奈ちゃん」
「はい」
「今から少し時間ある?」
玲奈は首を傾げた。
「ありますけど」
真優は笑う。
「じゃあ特訓しよう」
玲奈は目を瞬く。
「今からですか?」
「うん」
美優 「真優らしい」
葵 「思い立ったら即行動」
真優 「だって約束したし」
玲奈は少し驚く。
そして。
少しだけ嬉しかった。
―――
近くのレンタルスタジオ。
四人だけ。
静かな空間。
真優は台本を取り出した。
「泣く演技ってね」
玲奈が真剣な表情になる。
真優は少し考えた。
「上手く説明できないけど」
「技術だけじゃないと思う」
玲奈 「感情ですか」
真優 「うん」
美優 「真優は感覚派だから」
葵 「説明が苦手」
真優 「ひどい!」
玲奈は少し笑う。
空気が和らぐ。
真優は続けた。
「玲奈ちゃんは」
「泣こうとしてる」
玲奈がハッとする。
「え……」
「でも」
「泣く演技って」
「泣こうとしない方がいい時もある」
静かな空気。
玲奈は考える。
真優は真っ直ぐ言った。
「本当に悲しい時って」
「泣こうとしないでしょ?」
その言葉に。
玲奈の表情が変わった。
美優も。
葵も。
黙って聞いている。
真優は続ける。
「我慢したり」
「耐えたり」
「平気なふりしたり」
「そういう方が自然な時もある」
玲奈は台本を見る。
今日失敗したシーン。
そのキャラクターは。
確かに泣こうとしていたわけじゃない。
必死に涙を堪えていた。
玲奈は気づく。
自分は逆をやっていた。
―――
その夜。
何度も練習した。
何度も演じた。
そして。
最後の一回。
玲奈の声が震える。
涙はない。
叫びもない。
それでも。
胸を締め付けるような悲しさがあった。
演技が終わる。
静寂。
最初に口を開いたのは葵だった。
「今の」
美優 「良かった」
真優も笑う。
「うん」
玲奈は呆然としていた。
初めてだった。
感情を作ろうとしなかった演技。
それなのに。
今までで一番自然だった。
真優が言う。
「ほら」
「できた」
玲奈は小さく笑う。
「悔しいです」
「なんで?」
「一言で分かったから」
真優は笑った。
「私もいっぱい悩んだからね」
玲奈は真優を見る。
この人は。
自分が思っていた以上にすごい。
技術だけじゃない。
人の心を動かす何かを持っている。
そんな気がした。
そして。
玲奈は初めて心から思った。
この人に追いつきたい。
追い越したい。
負けたくない。
最高のライバルとして。
第87話 完




