第85話「追いつきたい背中」
神崎玲奈。
第二期から参加する新キャスト。
彼女が現れてから数日。
スタジオの空気は少しだけ変わっていた。
もちろん悪い意味ではない。
むしろ逆だった。
誰もが刺激を受けていた。
特に――
真優は。
―――
「ありがとうございました」
アフレコ終了。
監督からOKが出る。
しかし。
真優の表情は晴れなかった。
スタジオを出た後も。
どこか考え込んでいる。
美優が気付く。
「どうしたの?」
「え?」
「さっきから静か」
真優は苦笑した。
「そんなことないよ」
「ある」
即答だった。
そこへ葵も加わる。
「分かりやすい」
「二人ともひどい」
「で?」
葵が聞く。
真優は少し迷った。
だが。
隠しても仕方がない。
「玲奈ちゃん」
美優は納得したように頷く。
「ああ」
葵も理解した。
「演技か」
真優は小さく頷いた。
「すごいんだもん」
それは素直な本音だった。
玲奈の演技には説得力がある。
台詞一つ。
息遣い一つ。
感情の乗せ方一つ。
全部が自然だった。
「なんかさ」
真優は歩きながら続ける。
「私より上手い気がして」
少しだけ。
悔しそうな声だった。
―――
その日の夜。
真優は自宅で台本を開いていた。
時計を見る。
午後十一時。
普通なら寝る時間だ。
それでも。
ページをめくる手は止まらない。
録音した自分の声を聞く。
玲奈の演技を思い出す。
比べてしまう。
違いを探してしまう。
「……ダメだな」
小さく呟く。
比べても意味はない。
頭では分かっている。
それでも気になる。
その時。
スマホが鳴った。
メッセージ。
送り主は玲奈だった。
真優は目を瞬く。
開いてみる。
『今日の収録お疲れ様でした』
『少し聞きたいことがあります』
真優は慌てて返信した。
『お疲れ様!』
『どうしたの?』
すぐに返事が来る。
『真優さんは』
『どうやって感情を作っていますか?』
真優は固まった。
予想外だった。
『え?』
『私に?』
『はい』
数秒後。
さらにメッセージが届く。
『真優さんの演技』
『好きなんです』
―――
真優は画面を見つめた。
思考が止まる。
好き?
私の演技が?
慌てて返信する。
『私、玲奈ちゃんの方がすごいと思ってた』
すると。
珍しく返信まで時間がかかった。
そして。
届いた文章。
『私は逆です』
真優は目を見開く。
『技術では勝てるかもしれません』
『でも』
『真優さんの演技には人を惹きつけるものがあります』
『それが羨ましい』
静かな部屋。
スマホの画面だけが光っている。
真優は言葉を失った。
ずっと。
玲奈の方が上だと思っていた。
でも。
玲奈もまた。
自分にないものを見ていた。
―――
翌日。
収録前。
真優はスタジオの廊下で玲奈を見つけた。
「玲奈ちゃん!」
玲奈が振り返る。
「おはようございます」
真優は笑った。
「昨日ありがとう」
「?」
「メッセージ」
玲奈は少しだけ目を逸らした。
珍しく照れている。
「本当のことなので」
真優は笑う。
「私も」
「え?」
「玲奈ちゃんの演技好きだよ」
玲奈が一瞬固まる。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
それは初めて見る自然な笑顔だった。
「ありがとうございます」
真優は思った。
ライバル。
その言葉は正しい。
でも。
それだけじゃない。
お互いを認め合い。
刺激し合い。
高め合う存在。
そんな関係もあるのだと。
―――
スタジオのドアが開く。
監督が入ってくる。
「全員揃ったな」
キャストたちが席に着く。
第二期の収録はまだ始まったばかり。
ライバルもいる。
仲間もいる。
だからこそ。
もっと上を目指せる。
真優は新しい台本を開いた。
その瞳には。
昨日までとは違う光が宿っていた。
第85話 完




