第82話「ありがとう」
静かなピアノの音色が会場に響く。
『ツインスターズ・ストーリー』エンディングテーマ。
三人にとって特別な曲。
初めてレコーディングした時のことを覚えている。
何度も録り直した。
うまく歌えなくて悔しかった日もあった。
緊張で声が震えた日もあった。
それでも。
諦めなかった。
だから今。
この場所に立っている。
真優は歌いながら客席を見た。
無数のペンライト。
揺れる光。
静かに耳を傾ける観客たち。
誰もが真剣な表情でステージを見つめている。
その光景が。
胸の奥に深く刻まれていく。
美優の歌声が重なる。
優しく。
透き通るように。
会場を包み込む。
続いて葵。
力強く。
真っ直ぐに。
想いを届けるように。
三人の声が一つになる。
サビ。
客席の光がさらに大きく揺れた。
まるで星空が呼吸しているみたいだった。
真優は思う。
この景色を。
ずっと忘れたくない。
曲は終盤へ。
最後のフレーズ。
三人の声が重なる。
そして。
静かに音が消えた。
一瞬。
会場が静寂に包まれる。
誰も声を出さない。
まるで余韻を大切にするように。
そして
拍手。
大きな拍手。
歓声。
割れんばかりの歓声。
会場全体が震えた。
真優は思わず息を呑む。
美優は目を潤ませていた。
葵も静かに客席を見つめている。
拍手は止まらない。
歓声も止まらない。
その全てが。
三人への祝福のようだった。
司会者がステージへ戻ってくる。
「皆さん、本当に素晴らしいステージでした!」
拍手。
歓声。
司会者は笑顔で続けた。
「最後に皆さんから一言ずついただきましょう」
その言葉に。
三人は少しだけ顔を見合わせた。
最初は美優だった。
マイクを握る。
少しだけ深呼吸。
「本日は本当にありがとうございました」
拍手。
「最初は不安ばかりでした」
「ちゃんと皆さんに楽しんでもらえるか」
「作品を好きになってもらえるか」
「ずっと考えていました」
美優は客席を見る。
優しく微笑む。
「でも今日」
「皆さんの笑顔を見て」
「頑張ってきて良かったと思えました」
拍手。
「これからも応援していただけたら嬉しいです」
大きな歓声。
美優は頭を下げた。
次は葵。
マイクを受け取る。
普段なら簡潔に話す。
でも今日は違った。
「私は昔から負けず嫌いです」
客席が静かになる。
「誰よりも上手くなりたい」
「誰よりも認められたい」
「そんなことばかり考えていました」
真優が少し驚く。
こんな話を人前でするのは珍しい。
葵は続けた。
「でも」
「この作品に出会って」
「仲間と出会って」
「応援してくれる皆さんに出会って」
「一人ではできないことがあると知りました」
会場が静まり返る。
誰も聞き逃すまいとしている。
「今日この景色を見られたのは」
「皆さんのおかげです」
「本当にありがとうございます」
大きな拍手。
葵は深く頭を下げた。
そして。
最後は真優。
マイクを握る。
客席を見る。
その瞬間。
言葉が出なくなった。
たくさん考えていた。
何を話そうか。
何を伝えようか。
でも。
目の前の景色を見たら。
全部飛んでしまった。
「……あ」
小さく声が漏れる。
観客が優しく見守る。
真優は笑おうとした。
だけど。
涙が先に出た。
「えっ……」
自分でも驚いた。
慌てて目を拭く。
客席から温かい笑いが起きる。
美優も笑っている。
葵も苦笑している。
真優は涙をこらえながら言った。
「ごめんなさい……」
会場が温かい空気に包まれる。
そして。
真優はゆっくりと言葉を紡いだ。
「私……」
「この作品が大好きです」
拍手。
「このメンバーが大好きです」
美優が目を丸くする。
葵も少し照れたように目を逸らす。
「スタッフさんも」
「監督も」
「応援してくれる皆さんも」
「みんな大好きです」
客席から歓声。
真優は涙を拭いた。
「だから」
「もっと頑張ります」
「もっと成長します」
「もっとたくさんの人に作品を届けたいです」
声が震える。
それでも。
最後だけはしっかり言った。
「今日は本当にありがとうございました!」
大歓声。
拍手。
歓声。
拍手。
いつまでも続く拍手。
真優は泣きながら笑った。
こうして。
『ツインスターズ・ストーリー』
初の大型イベントは幕を閉じた。
成功だった。
誰もがそう思った。
だが。
三人の物語は終わらない。
むしろ。
ここから始まる。
ステージの光を知った三人は。
まだ知らない。
この日をきっかけに。
さらに大きな夢への扉が開こうとしていることを。
第82話 完




