第79話「幕が上がる日」
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
時計を見る。
午前五時十二分。
いつもより二時間以上早い。
真優は天井を見つめた。
眠れなかったわけではない。
むしろ驚くほどよく眠れた。
だけど。
胸の奥が落ち着かなかった。
今日。
『ツインスターズ・ストーリー』初の大型イベント当日。
何度も想像した日が。
ついにやってきた。
「……よし」
小さく呟き、布団から起き上がる。
カーテンを開けると、朝日が差し込んだ。
空は綺麗に晴れていた。
まるで今日を祝福しているみたいだった。
会場入りは午前九時。
真優が到着すると、既に多くのスタッフが動いていた。
機材の確認。
音響チェック。
照明調整。
開演までまだ数時間あるというのに、会場は慌ただしい。
「おはようございます!」
真優が挨拶すると、スタッフたちが笑顔で返す。
「おはよう!」
「今日よろしくね!」
「頑張ろう!」
その言葉に少しだけ緊張が和らいだ。
控室へ向かう。
ドアを開けると――
「おはよう」
美優がいた。
いつも通り落ち着いた表情。
だが。
机の上には空になったペットボトルが二本。
真優は見逃さなかった。
「緊張してる?」
「してない」
「嘘だ」
「してない」
「してる」
「……少しだけ」
真優は笑った。
「やっぱり」
その時。
控室のドアが開く。
「おはよう」
葵だった。
しかし。
様子がおかしい。
真優と美優は顔を見合わせる。
「葵ちゃん」
「なに」
「顔色悪くない?」
「気のせい」
「悪いよね?」
「悪い」
美優が即答した。
葵はため息をつく。
「昨日あんまり寝てない」
「やっぱり」
「珍しいね」
真優の言葉に、葵は苦笑した。
「仕方ないでしょ」
「今日だよ?」
「そりゃ緊張する」
真優は少し嬉しかった。
完璧に見える葵も。
結局は同じだった。
午前十時。
最終リハーサル。
実際のステージに立つ。
照明が灯る。
客席はまだ空。
それなのに。
真優は息を呑んだ。
広い。
思っていたよりずっと広い。
何百もの座席。
何千もの視線がここに向く。
そう考えた瞬間。
心臓が大きく鳴った。
「緊張してきた……」
真優が呟く。
隣で美優が笑う。
「今さら?」
「今さら」
葵はステージ中央を見つめていた。
その瞳は真剣そのものだった。
監督が客席から声をかける。
「いいか」
三人が振り向く。
「客席を見ろ」
言われるまま視線を向ける。
空席。
まだ誰もいない。
監督は言った。
「数時間後には埋まる」
「今日ここに来る人たちは」
「みんなお前たちに会いに来る」
真優たちは黙って聞く。
「作品を好きになってくれた人」
「応援してくれている人」
「楽しみにしてくれている人」
監督は少し笑った。
「だから胸を張れ」
「歓迎してやれ」
静かな言葉だった。
だけど。
何より力強かった。
昼。
開場一時間前。
控室。
外からざわめきが聞こえる。
ファンたちが集まり始めているのだ。
真優は窓の隙間から外を見る。
思わず息を呑む。
長い列。
想像以上の人数。
「すごい……」
美優も横に並ぶ。
「本当だ」
葵も近づく。
三人はしばらく無言だった。
こんなにも多くの人が。
自分たちを見に来てくれている。
それだけで胸が熱くなった。
真優は小さく笑う。
「頑張ろう」
美優が頷く。
「うん」
葵も静かに言う。
「絶対成功させる」
その時。
コンコン。
控室のドアが叩かれた。
スタッフが顔を出す。
「皆さん」
三人が振り向く。
スタッフは笑顔だった。
「開場しました」
空気が変わる。
いよいよだ。
客席に観客が入り始める。
もう後戻りはできない。
真優は深呼吸した。
美優は拳を握る。
葵は静かに目を閉じる。
そして
開演十分前。
ステージの向こうから聞こえてきた。
大勢の歓声。
期待。
熱気。
高鳴り。
その全てが一つになって押し寄せる。
真優は震える手を握りしめた。
だけど。
不思議と怖くなかった。
隣には美優がいる。
葵がいる。
一人じゃない。
スタッフの声が響く。
「本番五分前!」
三人は顔を見合わせた。
真優が笑う。
美優も笑う。
葵も少しだけ笑った。
そして。
三人は同時に頷く。
運命のステージ。
その幕が
今、上がろうとしていた。
第79話 完




