第78話「前夜」
イベント前日。
朝から落ち着かなかった。
理由は簡単だ。
いよいよ明日。
『ツインスターズ・ストーリー』初の大型イベントが開催される。
真優たちにとっても。
作品にとっても。
大きな節目となる一日だった。
収録スタジオ。
最終確認のリハーサル。
会場を想定した立ち位置。
トーク進行。
生アフレコ。
ライブパート。
全てを一通り終えた頃には、夕方になっていた。
「以上で最終リハーサル終了です」
スタッフの声が響く。
同時に拍手が起こった。
キャスト陣も。
スタッフも。
ここまで走り続けてきた。
誰もが同じ気持ちだった。
真優は大きく息を吐く。
「終わったぁ……」
美優は苦笑した。
「まだ終わってない」
「明日が本番」
「分かってるよ」
そう言いながらも。
どこか表情は明るい。
葵はペットボトルの水を飲みながら言った。
「でも、ここまで来たらやるしかない」
「うん」
「そうだね」
三人は顔を見合わせる。
言葉にしなくても伝わるものがあった。
その後。
監督が三人を呼び止めた。
「少し時間あるか?」
監督の声は穏やかだった。
三人は頷く。
スタジオの隅。
人の少ない場所。
監督は少し笑った。
「最初のアフレコ覚えてるか?」
真優 「もちろんです」
美優 「忘れません」
葵 「緊張しました」
監督は懐かしそうに目を細めた。
「正直な話」
「最初は不安だった」
三人が驚く。
「え?」
「私たちがですか?」
監督は頷く。
「新人中心の作品だったからな」
「実力はある」
「でも経験が足りなかった」
三人は黙って聞く。
監督は続けた。
「だけど」
「今は違う」
静かな声だった。
それでも。
真っ直ぐ胸に届いた。
「明日のステージに立つ資格は十分ある」
「自信を持て」
真優の喉が少し熱くなる。
美優も。
葵も。
言葉を失っていた。
監督は笑う。
「だから明日は」
「楽しんでこい」
帰り道。
電車の窓に夜景が映る。
真優はイヤホンを外しながら外を見ていた。
明日。
いよいよ本番。
楽しみだった。
でも。
怖くもあった。
失敗したら。
噛んだら。
ライブでミスしたら。
考え始めると止まらない。
スマホが震えた。
グループチャット。
葵 『今帰宅』
美優 『私も』
真優 『お疲れ様!』
葵 『緊張してる?』
真優 『してる』
美優 『私も』
葵 『安心した』
真優 『葵ちゃんも?』
葵 『もちろん』
真優は少し笑った。
強そうに見える葵も。
冷静な美優も。
自分と同じだった。
美優 『でも』
真優 『?』
美優 『楽しみ』
その言葉を見た瞬間。
真優の胸が少し軽くなった。
葵 『分かる』
真優 『うん』
真優 『楽しもう』
葵 『ああ』
美優 『明日頑張ろう』
短いやり取り。
それだけなのに。
不思議と勇気が湧いてくる。
深夜。
ベッドの上。
真優は天井を見上げていた。
眠らなければならない。
分かっている。
でも眠れない。
何度も寝返りを打つ。
そして。
ふと思い出した。
初めてオーディションに受かった日。
初めて台本を受け取った日。
初めてマイクの前に立った日。
たくさんの人に支えられてきた。
たくさん悔しい思いもした。
それでも。
ここまで来た。
真優は小さく呟く。
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように。
「絶対大丈夫」
窓の外には星が見えた。
イベント当日まで。
あと数時間。
運命の幕が。
静かに上がろうとしていた。
第78話 完




