第91話「選択」
風が止まった気がした。
屋上前の廊下。
真優と美優は、将規の言葉を待っていた。
真衣はいない。
誰も、止める人はいない。
将規 「俺は……」
喉が乾く。
心臓の音がうるさい。
将規の中で、何度も同じ顔が浮かぶ。
真優の笑顔。
美優の静かな目。
どちらも消えない。
どちらも、軽くはない。
将規は息を吸った。
将規 「……どっちも、選べない」
一瞬、空気が揺れる。
真優の目がわずかに細くなる。
美優の指が止まる。
将規は続ける。
将規 「今も、これからも」
将規 「どっちかを切るってのは、無理だ」
真優 「……ふざけないで」
真優の声が少しだけ震える。
真優 「それ、答えじゃない」
美優 「逃げだよ、それ」
美優の声は静かだった。
でも鋭い。
将規は首を振る。
将規 「逃げじゃない」
将規 「ちゃんと見た結果だ」
沈黙。
風が再び吹き始める。
将規は一歩前に出る。
将規 「真優」
真優の肩がわずかに動く。
将規 「お前といると、楽しい」
将規 「今が、ちゃんと生きてる感じがする」
真優の目が揺れる。
将規は続ける。
将規 「美優」
美優は小さく息を呑む。
将規 「お前といると、落ち着く」
将規 「ちゃんと先を考えられる」
美優の目がわずかに伏せる。
将規 「どっちも、嘘じゃない」
静か。
将規 「だから……どっちも失いたくない」
その瞬間だった。
真優 「……最低」
短く、吐き捨てるように。
美優 「そんなの、ずるいよ」
でも、二人ともその場を動かない。
怒っているのに、離れられない顔。
将規は続ける。
将規 「でも、選ばないことを続けるのも違うってのは分かってる」
将規 「だから――」
一度、言葉を切る。
将規 「ルールを変える」
真優 「……何それ」
美優 「どういう意味?」
将規は真っ直ぐ見る。
将規 「二人とも、好きだ」
はっきりと言った。
風が強くなる。
将規 「だから、“どっちかを選ぶ”んじゃなくて」
将規 「“二人と向き合う”」
真優 「そんなの……」
美優 「無理だよ」
将規 「無理かどうかは、これから決める」
沈黙。
その時、階段の上から声。
真衣 「やっと言ったね」
三人が振り向く。
真衣はそこに立っていた。
真衣 「予想よりは遅かったけど」
将規 「お前……」
真衣は軽く肩をすくめる。
真衣 「で、結論は?」
将規 「二人とも手放さない」
真衣は少しだけ目を細める。
真衣 「……一番面倒な答えだね」
真優 「ふざけてる」
美優 「そんなの許されない」
将規 「許されるかどうかじゃない」
将規 「もう決めた」
沈黙。
風が止まる。
そして、真衣が小さく笑った。
真衣 「じゃあ見せてよ」
真衣 「その“選ばない選択”が、どこまで続くのか」
真優も、美優も、まだ動けないまま。
屋上の扉は開いたまま。
夕方の光だけが、まっすぐ差し込んでいた。
第91話 完




