第88話「残り三日」
火曜日の夜。
静かな部屋の中で、時計の針だけがやけにうるさく感じた。
将規は机に座っていたが、ノートは開かれたまま一行も進んでいない。
――金曜日。
その言葉だけが頭の中で反響している。
スマホが震えた。
真優『明日、少しだけ話せる?』
すぐにもう一件。
美優『放課後、時間ある?』
別々の時間。
別々の言葉。
でも意味は同じだった。
「最後の前に、もう一度」
将規は画面を見つめたまま、指が動かない。
どちらにも返せない。
返した瞬間、何かが決まってしまいそうだった。
翌日。
水曜日。
昼休み。
玲美愛 「ねえ」
将規 「来るな」
玲美愛 「無理、今これ完全にカウントダウン入ってる」
将規 「勝手に盛り上げるな」
玲美愛 「いや盛り上がってるのはお前の人生」
将規 「最悪だろそれ」
玲美愛は少しだけ真剣な顔になる。
玲美愛 「で、どっちかに決める準備できてる?」
将規 「できてるわけないだろ」
玲美愛 「だよね」
即答だった。
放課後。
校舎裏。
最初に来たのは真優だった。
真優 「来てくれたんだ」
将規 「呼ばれたからな」
真優は少し笑う。
真優 「そっか」
沈黙。
真優 「金曜日さ」
将規 「ああ」
真優 「怖い?」
将規は少し考える。
将規 「怖い」
真優 「正直だね」
真優は風に髪を揺らしながら言う。
真優 「私も怖いよ」
将規は少し驚く。
真優 「でもね」
真優 「怖いってことは、本気ってことでしょ」
将規 「……そうかもな」
真優は一歩下がる。
真優 「じゃあ、ちゃんと見てて」
真優 「最後まで」
そのまま去っていった。
少しして、美優。
美優 「ごめん、待たせた?」
将規 「いや」
美優はいつも通り静かだった。
でも今日は違う。
少しだけ、強い。
美優 「私ね」
将規 「うん」
美優 「決めたことがある」
将規の心が少し跳ねる。
美優 「金曜日」
美優 「後悔しない」
将規 「……」
美優 「だから、ちゃんと見てほしい」
美優はまっすぐ見る。
美優 「私を選ばなかったとしても」
美優 「私がいた理由だけは、残るようにしたい」
将規は何も言えなかった。
その夜。
真衣からメッセージ。
真衣『順調だね』
将規『何がだよ』
真衣『怖くなってるところ』
短い返事に、全部見透かされている気がした。
真衣『金曜日、ちゃんと来て』
将規はスマホを置く。
もう逃げ道はない。
でもまだ、答えはない。
そして木曜日が、静かに始まろうとしていた。
第88話 完




