第82話「境界線」
木曜日。
教室に入った瞬間、将規は違和感を覚えた。
空気が軽くない。
重いわけでもない。
ただ――張りつめている。
真優は机で頬杖をついていた。
美優は本を読んでいる。
視線は交わらない。
なのに、ずっと互いを意識しているのがわかる。
将規 「おはよう」
真優 「おはよ」
美優 「おはよう」
短い。
それだけ。
昼休み。
玲美愛 「うわ、今日はさらにやばい」
将規 「何がだよ」
玲美愛 「会話してるのに戦争してる感じ」
将規 「例えが最悪だろ」
玲美愛 「でも当たってる」
真優 「当たってない」
美優 「当たってない」
将規 「やめろその同時否定」
玲美愛はニヤニヤしながら去っていく。
玲美愛 「じゃ、見守っとくねー!」
将規 「やめろ!」
放課後。
真優は将規を呼び出さなかった。
美優も呼ばなかった。
代わりに――
校門で、三人は偶然揃った。
沈黙。
真優 「……じゃあ帰る」
美優 「うん」
将規 「ああ」
歩き出す。
でも、いつもの帰り道じゃない。
真優は少しだけ早く歩く。
美優は少しだけ遅れる。
将規はその間に挟まれている。
真優 「ねえ」
振り向かずに真優が言う。
真優 「最近さ」
真優 「距離、近い方が有利とか思ってない?」
将規 「は?」
美優 「思ってない」
すぐ返す。
真優は少し笑う。
真優 「だよね」
でも、その笑いは冷たい。
美優 「私は」
美優が言う。
美優 「距離じゃなくて、時間で見てる」
真優 「へえ」
一瞬だけ空気が止まる。
将規 「おい」
将規が割って入る。
将規 「何の話だよ」
真優 「別に」
美優 「別に」
また同時。
でも意味は違う。
夜。
将規は真衣に呼び出される。
河川敷。
風が強い。
真衣 「もう完全に“戦場”だね」
将規 「笑い事じゃねぇよ」
真衣 「でも逃げられないよ」
将規 「……」
真衣は川を見ながら言う。
真衣 「真優は“今”を取りに来てる」
真衣 「美優は“未来”を取りに来てる」
将規は黙る。
真衣 「で、将規は?」
将規 「俺は……」
言葉が出ない。
真衣は少しだけ横目で見る。
真衣 「まだ決めない、はもう通用しないかもね」
風が強くなる。
真衣 「境界線、もう超え始めてるから」
その夜。
将規はスマホを握ったまま、何も送れなかった。
送れば、何かが壊れる気がした。
でも送らなくても、何かが進んでいる気がした。
――選ぶことは、止めることじゃない。
初めて、将規はそれを理解しかけていた。
第82話 完




