第80話「選べないまま」
火曜日。
朝の空気は少しだけ冷たかった。
将規はいつもより早く学校に着いていた。
理由はない。
ただ、誰にも会いたくなかった。
……そう思っていたはずだった。
「おはよ」
後ろから声。
真優だった。
将規 「早いな」
真優 「そっちこそ」
少し笑う。
でも、その笑顔は昨日より静かだった。
すぐにもう一つの声。
美優 「おはよう」
将規 「おう」
三人。
また揃ってしまう。
何事もなかったように。
でも、何もなかったわけじゃない。
教室。
昼休み。
真優はいつも通り話す。
美優もいつも通り静かにいる。
でも将規は気づいていた。
二人とも、少しだけ距離を測っている。
放課後。
帰り道。
真優 「ねえ」
将規 「ん?」
真優 「もしさ」
一瞬、間。
真優 「私と美優、どっちもいなかったらどう思う?」
将規 「……は?」
真優は笑った。
でも冗談じゃない目だった。
将規 「そんなの考えたことない」
真優 「だよね」
真優はそれ以上言わなかった。
その夜。
今度は美優からメッセージが来た。
美優『明日、少し話せる?』
短い。
でも逃げ道のない文。
翌日。
校舎裏。
風は昨日より強い。
美優 「ごめんね、急に」
将規 「別にいいけど」
沈黙。
美優は少しだけ下を向いたあと、言った。
美優 「私、待つって言ったけど」
将規 「うん」
美優 「ずっと待つのは、違う気がしてきた」
将規 「……」
美優 「将規が決めるまでの時間って、私だけ止まってるみたいで」
静かだった。
美優 「それって、少しずるいよね」
将規 「……そうかもしれない」
美優は少しだけ笑った。
でも、その笑いは弱かった。
美優 「だからね」
美優 「私は、ちゃんと動くことにする」
将規 「動くって……」
美優 「それはまだ秘密」
そう言って、美優は一歩下がった。
その瞬間。
廊下の角から声。
真優 「あ」
真優が立っていた。
気まずい沈黙。
真優 「あー……なるほど」
美優 「別に、そういうのじゃない」
真優 「わかってる」
でも、わかっていない目だった。
三人の間に、はっきりと“線”ができる。
夕方。
将規は一人で帰った。
どこにも寄らず。
何も考えないふりをしながら。
でも頭の中ではずっと同じ言葉が回っていた。
――動くって、何だよ。
その頃。
真衣は窓の外を見ていた。
真衣 「そろそろだね」
小さく呟く。
恋は、静かに動き出していた。
そしてもう戻れない場所に向かっていた。
第80話 完




