第98話「同じ校舎へ」
夜。
兼次郎の部屋には、相変わらず静かな空気が流れていた。
机には法律書。
壁には学生時代の写真が一枚だけ飾られている。
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賢太郎はドアの前で少し止まる。
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兼次郎 「入れ」
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また気づかれていた。
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賢太郎 「……なんで毎回分かるの」
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兼次郎 「お前、足音で悩んでるの分かる」
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賢太郎 「何それ怖」
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少しだけ笑いながら部屋へ入る。
でも表情はどこか真剣だった。
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兼次郎 「で」
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賢太郎 「進路の話」
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兼次郎 「またか」
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賢太郎 「今回は、割と決まりそう」
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その一言で、兼次郎の視線が少し変わる。
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賢太郎は机の横に立ったまま言う。
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賢太郎 「高校、決めようと思う」
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兼次郎 「どこ」
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少しの沈黙。
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賢太郎 「兄ちゃんの母校」
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兼次郎の動きが一瞬だけ止まる。
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兼次郎 「……あそこか」
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賢太郎 「うん」
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兼次郎の通っていた進学校。
法学部志望も多く、教育系にも強い。
そして、東大進学者も毎年出している高校。
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兼次郎 「理由は?」
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賢太郎は少しだけ考える。
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賢太郎 「最初は、単純にレベル高いから」
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賢太郎 「でも調べていくうちに」
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賢太郎 「教育系の進路サポートも強いし」
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賢太郎 「自分に合ってる気がした」
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兼次郎は静かに聞いている。
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賢太郎 「あと」
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兼次郎 「うん」
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賢太郎 「兄ちゃんがいた場所って、少し見てみたくなった」
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その言葉に、兼次郎は少しだけ目を細める。
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しばらく沈黙。
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兼次郎 「やめとけ」
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賢太郎 「は?」
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兼次郎 「めんどくさいぞあの高校」
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賢太郎 「説得力あるな……」
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兼次郎 「課題多いし、先生厳しいし、周り全員勉強するし」
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賢太郎 「地獄じゃん」
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兼次郎 「まあな」
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でも、その声は少しだけ懐かしそうだった。
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兼次郎 「でも」
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賢太郎 「うん」
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兼次郎 「お前には合うかもな」
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賢太郎は少し驚く。
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兼次郎 「変に流されないし」
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兼次郎 「ちゃんと考えるタイプだから」
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賢太郎 「……褒めてる?」
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兼次郎 「半分くらい」
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賢太郎は少し笑う。
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兼次郎は椅子に座り直す。
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兼次郎 「真衣ちゃんとは別か」
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賢太郎 「うん」
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その返事は、前より少しだけ自然だった。
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兼次郎 「後悔してる?」
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賢太郎は少し考える。
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賢太郎 「……寂しくはある」
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兼次郎 「だろうな」
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賢太郎 「でも」
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賢太郎は小さく息を吐く。
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賢太郎 「真衣が自分で決めたの、ちゃんと分かったから」
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賢太郎 「それでいいって思えた」
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兼次郎は少しだけ黙る。
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そして、小さく笑った。
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兼次郎 「大人になったな」
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賢太郎 「兄ちゃんに言われると複雑」
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部屋を出る前。
兼次郎が後ろから声をかける。
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兼次郎 「賢太郎」
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賢太郎 「うん」
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兼次郎 「同じ高校行くなら、一個だけ覚えとけ」
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賢太郎 「何」
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兼次郎 「あそこ、“周りと比べ始めると終わる”」
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静かな声だった。
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兼次郎 「自分が何をしたいか、見失うな」
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賢太郎はその言葉をゆっくり聞く。
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そして、小さく頷いた。
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自室。
机の上の進路希望調査票。
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第一志望の欄に、高校名を書く。
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文字にした瞬間。
少しだけ現実になる。
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怖い。
でも。
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その怖さの中に、ちゃんと“進みたい”があった。




