第96話「進路希望調査票」
九月。
夏の終わりが、少しずつ空気を変え始めていた。
朝の風が前より涼しい。
蝉の声も減っている。
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中学校。
ホームルーム。
担任が一枚ずつ紙を配っていく。
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「進路希望調査票。来週まで提出な」
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教室の空気が少しだけ重くなる。
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真衣は紙を受け取りながら、小さく息を止めた。
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第一志望
第二志望
第三志望
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たった数行なのに、やけに重い。
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休み時間。
教室はすぐに進路の話題で埋まった。
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「お前どこ受ける?」
「私立どうする?」
「塾の先生にさー」
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その声を聞きながら、真衣は調査票を見つめる。
まだ何も書けていない。
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そのとき。
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賢太郎 「真っ白だね」
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真衣 「うるさい」
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賢太郎は隣の席に腰掛ける。
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賢太郎 「決まってない?」
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真衣 「決まってないっていうか」
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真衣は少しだけ視線を落とす。
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真衣 「ちゃんと決めたい」
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賢太郎は静かに聞く。
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真衣 「なんとなく書くの嫌で」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「でも、考えすぎると分かんなくなる」
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賢太郎 「真衣っぽい」
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真衣 「どういう意味」
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賢太郎 「ちゃんと悩むところ」
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真衣は少しだけ黙る。
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放課後。
真衣は一人で校舎の廊下を歩いていた。
窓の外は薄い夕焼け。
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手には、まだ白いままの調査票。
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真衣 「……どうしたいんだろ」
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母校。
私立。
賢太郎。
自分。
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全部が混ざって、綺麗に分けられない。
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家。
リビングでは結衣が教材をまとめていた。
教育実習の準備らしい。
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結衣 「おかえり」
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真衣は返事の代わりに、調査票をテーブルに置く。
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結衣 「あー、来たか」
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真衣 「重い」
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結衣は少し笑う。
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結衣 「人生初の“ちゃんと選ぶ紙”だもんね」
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真衣 「その言い方やめて」
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結衣は調査票を見る。
でも何も言わない。
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真衣 「……聞かないの?」
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結衣 「真衣が話したくなったら聞く」
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その距離感が、ありがたい。
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夜。
真衣は自室で調査票を開く。
ペンを持つ。
でも、止まる。
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そのときスマホが震える。
賢太郎。
『書けた?』
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真衣は少しだけ笑う。
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『まだ』
すぐ返信。
『俺も』
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またそれ。
でも、その“同じ”に少し救われる。
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真衣 『賢太郎は迷わないの?』
少し時間が空く。
そして返信。
『迷うよ』
『でも、迷っても最後は自分で決めたい』
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真衣はその文章を何度も読む。
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“自分で決めたい”
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それはきっと、今の真衣が一番欲しかった言葉だった。
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真衣はゆっくりペンを動かす。
第一志望の欄。
まだ書き切れない。
でも。
最初の一文字だけは、ちゃんと書けた。
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未来はまだ決まっていない。
それでも。
“自分で選ぼうとしている”
そのことだけは、もう確かだった。




