第92話「浴衣と待ち合わせ」
夏祭り当日。
昼過ぎから、街の空気はどこか浮ついていた。
遠くで聞こえる祭りの準備の音。
浴衣姿の人たち。
まだ明るいのに、夜を待っている空気がある。
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結衣の家。
真衣は鏡の前で固まっていた。
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真衣 「……無理かも」
結衣 「まだ家出てないけど?」
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真衣は浴衣の袖をぎゅっと握る。
淡い紺色の浴衣。
結衣に半ば強制的に着せられた。
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真衣 「なんで浴衣なの」
結衣 「夏祭りだから」
真衣 「私服でよかったじゃん」
結衣 「賢太郎くん来るんでしょ?」
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真衣 「それが嫌なの!」
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結衣は少しだけ笑う。
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結衣 「嫌じゃないくせに」
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真衣は反論できない。
それがさらに悔しい。
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待ち合わせ場所。
駅前の時計台。
祭りへ向かう人で、いつもより騒がしい。
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真衣 「……まだかな」
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スマホを見る。
時間ぴったり。
なのに落ち着かない。
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そのとき。
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賢太郎 「真衣」
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振り向く。
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賢太郎も浴衣だった。
黒に近い濃紺。
いつもと違う雰囲気に、一瞬だけ言葉を失う。
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真衣 「……似合ってる」
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言ったあとで、自分でも驚く。
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賢太郎 「え」
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真衣 「あ、いや、別に深い意味じゃなくて」
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賢太郎は少しだけ笑う。
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賢太郎 「ありがとう」
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真衣の顔が熱くなる。
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祭りの通り。
屋台の灯りが並び始めている。
まだ空は少し明るい。
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二人は並んで歩く。
でも、どこかぎこちない。
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真衣 「人多いね」
賢太郎 「うん」
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真衣 「暑い」
賢太郎 「夏だし」
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真衣 「会話終わった」
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賢太郎が少しだけ笑う。
その笑い方に、真衣の緊張が少し緩む。
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射的の前で足が止まる。
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賢太郎 「やる?」
真衣 「絶対下手」
賢太郎 「じゃあ俺も」
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二人で並ぶ。
結果は散々だった。
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真衣 「弱っ」
賢太郎 「真衣もだろ」
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少し笑う。
やっといつもの空気が戻ってくる。
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歩きながら、真衣はふと思う。
“こういう時間が青春なのかな”
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特別なことをしているわけじゃない。
でも、隣にいる相手が違うだけで、全部少し変わって見える。
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賢太郎 「疲れてない?」
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真衣 「まだ平気」
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賢太郎 「そっか」
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その声が、前より近く感じる。
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川沿い。
人混みから少し離れた場所。
風が少し涼しい。
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真衣 「静か」
賢太郎 「向こううるさすぎるし」
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遠くで祭りの音が聞こえる。
でもここだけ少し別の空間みたいだった。
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真衣 「ねぇ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「この前の話なんだけど」
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賢太郎は静かに聞く。
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真衣 「まだちゃんと答えは出てない」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「でも」
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真衣は少しだけ空を見る。
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真衣 「一緒にいるの、前より自然になってきた気がする」
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賢太郎は少しだけ目を細める。
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賢太郎 「それ、嬉しい」
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真衣 「……うん」
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また少し沈黙。
でも今度は苦しくない。
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そのとき。
遠くで花火の音が鳴る。
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空に光が広がる。
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真衣 「始まった」
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賢太郎 「うん」
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二人は並んだまま空を見上げる。
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光が夜空に咲いて、消えていく。
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真衣はその横顔を、ほんの少しだけ見た。
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“まだ決めてない”
その気持ちは変わらない。
でも。
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“もっと一緒にいたい”
それも、もう隠せなくなっていた。




