第90話「ゆっくりでいい」
夕方の駅前は、いつもより少しだけ人が多かった。
部活帰りの声、買い物袋の揺れる音、電車の風。
その全部の中に、真衣と賢太郎は並んで立っていた。
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さっきの校舎裏からの帰り道。
二人の間には、前より少しだけ空間がある。
でも、それは遠さじゃない。
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賢太郎 「本当に、ゆっくりでいいんだな」
真衣 「うん」
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真衣は即答する。
迷いが完全に消えたわけじゃない。
でも、焦りだけは少し薄れていた。
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賢太郎 「俺のことも?」
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真衣は少しだけ目を逸らす。
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真衣 「うん、それも」
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賢太郎は小さく息を吐く。
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賢太郎 「そっか」
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それだけ。
責めるでも、落ち込むでもない。
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その反応が、逆に真衣の胸を少しだけ軽くした。
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電車が通り過ぎる音。
一瞬だけ会話が途切れる。
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真衣 「ねぇ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「さっきのこと、嫌だった?」
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賢太郎は少しだけ考える。
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賢太郎 「嫌じゃない」
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真衣 「ほんとに?」
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賢太郎 「うん」
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賢太郎 「ちゃんと考えてるってわかったから」
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真衣はその言葉で、少しだけ目を丸くする。
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真衣 「考えてるの、伝わってた?」
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賢太郎 「うん」
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賢太郎 「前より、ちゃんと見てる感じした」
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真衣は少しだけ笑う。
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真衣 「見られてるのは恥ずい」
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賢太郎 「ごめん」
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真衣 「謝らなくていい」
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駅のホームに向かう階段。
人の流れに混ざりながら、二人はゆっくり上がる。
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真衣 「ねぇ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「もしさ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「私が違う高校選んでもさ」
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賢太郎は少しだけ歩みを緩める。
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賢太郎 「それでもいいよ」
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真衣は一瞬だけ足を止めそうになる。
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真衣 「……ほんとに?」
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賢太郎 「うん」
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賢太郎 「でも、ちゃんと寂しいとは思う」
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真衣は少しだけ笑う。
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真衣 「それずるい」
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賢太郎 「またそれ?」
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真衣 「うん」
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電車が来る。
風が強くなる。
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真衣はホームの端で、少しだけ前を見つめる。
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真衣 「でもさ」
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真衣 「そう言われると、ちゃんと考えたくなる」
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賢太郎 「うん」
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賢太郎はそれ以上何も言わない。
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電車のドアが開く。
人が流れ込む。
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真衣は一歩だけ踏み出す前に、もう一度振り返る。
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真衣 「ありがとう」
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賢太郎 「何が」
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真衣 「ちゃんと待ってくれるとこ」
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賢太郎は少しだけ笑う。
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賢太郎 「まだ何も終わってないし」
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真衣 「うん」
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電車に乗る。
ドアが閉まる。
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窓越しに見える賢太郎は、少しだけ手を上げる。
真衣も、ほんの少しだけ返す。
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電車が動き出す。
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真衣は座席に座りながら、窓の外を見る。
さっきまでの「答えを出さなきゃ」という焦りは、少しだけ薄れている。
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その代わりに残っているのは、
「ちゃんと選びたい」という気持ちだった。
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まだ途中。
でも、それでいいと初めて思えた日だった。




