第89話「距離の輪郭」
朝は静かだった。
真衣はいつもより少し早く家を出る。
まだ賢太郎には会わない時間だった。
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駅前の道。
人は少ない。
風だけがゆっくり流れている。
真衣は足を止めて、スマホを見つめる。
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『今日、少し話したい』
送信相手は賢太郎。
すぐに既読。
『わかった』
それだけだった。
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放課後。
校舎裏。
昨日と同じ場所。
でも今日は、真衣の方から呼び出した。
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賢太郎 「どうした?」
真衣 「うん」
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真衣は少しだけ間を置く。
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真衣 「ちゃんと話したいことある」
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賢太郎は黙って頷く。
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真衣はゆっくり息を吸う。
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真衣 「昨日からずっと考えてた」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「賢太郎のこととか、高校のこととか」
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賢太郎は何も遮らない。
ただ聞いている。
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真衣 「一緒に行きたいって言われて、嬉しかった」
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真衣 「それは本当」
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賢太郎 「うん」
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真衣は視線を落とす。
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真衣 「でもさ」
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真衣 「それだけで決めるのは違う気がして」
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賢太郎 「うん」
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また短い返事。
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真衣 「でも、それを無かったことにもしたくない」
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賢太郎は少しだけ目を細める。
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賢太郎 「うん」
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風が一度だけ強く吹く。
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真衣は顔を上げる。
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真衣 「だからさ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「今の距離でいたい」
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賢太郎 「今の距離?」
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真衣 「うん」
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真衣 「近すぎると分からなくなるし、離れすぎるのも違うから」
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賢太郎は少しだけ考える。
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賢太郎 「わかった」
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真衣 「え」
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賢太郎 「それでいいと思う」
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あっさりした返事。
でも、否定はない。
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真衣は少しだけ肩の力を抜く。
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真衣 「怒らないんだ」
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賢太郎 「怒る理由ないし」
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真衣 「そっか」
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沈黙。
でも気まずくはない。
ただ、少し形が変わっただけ。
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賢太郎 「じゃあさ」
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真衣 「うん」
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賢太郎 「高校の話も、もう少しゆっくり考える?」
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真衣は少しだけ笑う。
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真衣 「うん」
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真衣 「ゆっくりにする」
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帰り道。
二人は少し距離を空けて歩く。
でも、それは離れた感じではなかった。
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真衣は空を見上げる。
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真衣 「……これでいいのかな」
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小さく呟く。
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でも今度は、その問いに少しだけ慣れていた。
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“答えがすぐ出ない時間”を、少し受け入れられている自分がいる。
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それは確かな変化だった。




