第88話「まだ決めない理由」
翌日。
朝の光はやけに普通で、昨日の出来事だけが少し浮いているようだった。
真衣は制服のままリビングに座っている。
いつもなら学校の話をしている時間なのに、今日は何も話さない。
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結衣 「朝ごはん食べる?」
真衣 「いらない」
結衣 「珍しいね」
真衣 「ちょっと考えたい」
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その一言で、結衣はそれ以上聞かなかった。
真衣の「考えたい」は、簡単な言葉じゃないと分かっている。
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登校中。
真衣は賢太郎と合流する。
いつも通りの道。
いつも通りの距離。
でも、ほんの少しだけ違う。
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賢太郎 「昨日、大丈夫だった?」
真衣 「うん」
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即答。
でもその「うん」は、いつもより短い。
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賢太郎 「怒ってる?」
真衣 「怒ってない」
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少しの沈黙。
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真衣 「たださ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「考えてる」
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賢太郎はそれ以上聞かない。
それがありがたくもあり、少しだけずるくも感じる。
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放課後。
真衣は一人で校舎裏にいた。
風が少しだけ強い。
カバンを足元に置いて、空を見上げる。
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真衣 「……わかんない」
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小さく呟く。
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賢太郎の言葉。
結衣の言葉。
“戻れる”
“調整できる”
“嫌じゃないならいい”
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どれも正しい気がする。
でも、どれも自分の答えじゃない気がした。
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その夜。
結衣の家。
真衣は机に向かっている。
ノートには進路のことが書かれているのに、途中で止まっている。
その横に、小さく一行だけ書き足す。
「まだ決めない理由をちゃんと考える」
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結衣 「それ、いいね」
真衣 「何が?」
結衣 「ちゃんと理由を考えるってこと」
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真衣は少しだけ笑う。
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真衣 「でもさ」
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結衣 「うん」
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真衣 「理由って、増えるほど迷うよね」
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結衣は少しだけ頷く。
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結衣 「うん、増えるね」
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真衣 「賢太郎のこともそう」
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その言葉で、少し空気が変わる。
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真衣は続ける。
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真衣 「一緒に行きたいって言われるの、嬉しい」
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真衣 「でも、それで決めるのは違う気がする」
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結衣 「うん」
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真衣 「でも、それを無視するのも違う気がする」
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結衣は少しだけ黙る。
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結衣 「全部正しいんだと思う」
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真衣 「それ一番困るやつ」
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結衣は小さく笑う。
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結衣 「だよね」
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夜が静かに深くなる。
真衣はペンを置く。
まだ答えは出ていない。
でも「迷っている理由」は、少しずつ形になってきていた。
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真衣 「ねぇ」
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結衣 「うん」
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真衣 「私、ちゃんと考えてるよね」
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結衣 「うん、ちゃんと考えてる」
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その言葉だけで、少しだけ救われる。
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答えはまだ遠い。
でも、逃げているわけではなかった。




