第86話「言いかけた言葉」
カラオケの部屋は、さっきまでと同じ明るさのはずなのに、少しだけ違って見えた。
モニターの光が、やけに白い。
賢太郎はリモコンを握ったまま固まっている。
真衣も同じだった。
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真衣 「……今の」
賢太郎 「ごめん」
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一瞬で、空気が戻る。
でも完全には戻らない。
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真衣は視線を逸らして、ソファの端に座り直す。
心臓の音だけがうるさい。
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真衣 「……急すぎ」
賢太郎 「うん」
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賢太郎はそれ以上言わない。
言い訳もない。
ただ少しだけ困った顔をしている。
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曲が流れ続けているのに、誰も歌わない。
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真衣 「ねぇ」
賢太郎 「うん」
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真衣 「さっきのってさ」
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言いかけて、止まる。
うまく言葉が出ない。
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真衣 「……わかんない」
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賢太郎 「うん」
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その返事が、なぜか落ち着く。
責められていないのがわかるからだ。
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しばらくして、賢太郎が小さく言う。
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賢太郎 「嫌だったら言って」
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真衣は少しだけ間を空ける。
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真衣 「嫌ではない」
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それだけ言って、また黙る。
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帰り道。
夕方の空は少しだけ色を変えていた。
さっきよりも、距離が近いのか遠いのか分からない。
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賢太郎 「今日はごめん」
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真衣 「もういい」
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賢太郎 「ほんとに?」
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真衣 「うん」
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でも、その「うん」はいつもより小さい。
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真衣 「たださ」
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賢太郎 「うん」
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真衣 「なんか、早い」
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賢太郎は少しだけ歩幅を緩める。
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賢太郎 「……うん」
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それ以上は言わない。
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真衣は空を見上げる。
まだ整理できていない気持ちが、頭の中でぐるぐるしている。
嬉しさと、驚きと、少しの怖さ。
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真衣 「進むのって、こんな感じなんだ」
小さく呟く。
誰に向けたわけでもないその言葉は、夕方の風に混ざって消えた。




