第82話「一人でも選べるか」
夏の夕方は、まだ明るさを引きずっていた。
結衣はカフェを出てから、すぐに帰る気になれず駅前の広場を通り抜ける。
人の流れの中で、さっきの言葉だけが残っていた。
『一人でもその学校を選ぶか』
☆
スマホが震える。
真衣からではない。
龍也のグループ通知。
『今日、いつものとこ』
それだけ。
結衣は一度だけ画面を見て、歩き出す。
駅前の広場。
すでに数人が集まっている。
龍也 「遅い!!」
結衣 「普通」
龍也 「それもう言い訳になってない!」
一将 「事実だろ」
龍也 「お前も言うな!!」
雷斗 「うるさい」
瑠姫愛 「落ち着いて」
玲緒菜 「変わらないね」
☆
結衣はその空気に入ると、少しだけ肩の力が抜けた。
でも、頭の中はまださっきのままだった。
歩きながら、玲緒菜が隣に来る。
玲緒菜 「何かあった?」
結衣 「ちょっとね」
玲緒菜 「真衣ちゃん?」
結衣 「うん」
少しだけ沈黙。
玲緒菜 「まだ悩んでるんだ」
結衣 「進学先」
玲緒菜 「一緒に行く子の話?」
結衣 「知ってるの?」
玲緒菜 「なんとなく」
☆
玲緒菜は前を見ながら続ける。
玲緒菜 「一緒に行くって、悪くないと思うよ」
結衣 「でもさ」
結衣 「それが“理由”になっていいのか分からない」
玲緒菜 「理由か……」
少し風が吹く。
玲緒菜は少し間を置いてから言う。
玲緒菜 「理由って、最初はそんなに綺麗じゃなくない?」
結衣 「え?」
玲緒菜 「不安とか、安心とか、誰かと一緒とか」
玲緒菜 「そういうの全部混ざって選ぶでしょ」
結衣はその言葉に少しだけ立ち止まる。
☆
玲緒菜 「あとから整理すればいいんじゃない?」
結衣 「整理?」
玲緒菜 「うん。選んだ後に、“自分の理由”にしていく」
結衣はゆっくり歩き出す。
結衣 「それ、いいのかな」
玲緒菜 「いいと思う」
玲緒菜 「だって、今の私たちもそうじゃない?」
結衣は少しだけ笑う。
結衣 「確かに」
広場に戻ると、龍也がまた騒いでいる。
龍也 「でさ!次いつ集合する?」
一将 「決まってない」
龍也 「またかよ!!」
瑠姫愛 「それがいいんじゃない?」
雷斗 「いつものことだ」
玲緒菜 「そういう関係だよね」
結衣はその光景を見ながら、少しだけ思う。
☆
“理由が曖昧でも続いているものがある”
☆
それはたぶん、進路よりも前から知っている感覚だった。
帰り道。
結衣は一人になったあと、スマホを取り出す。
真衣へメッセージ。
『一人でもその学校選ぶか、考えてみて』
送信してから、少しだけ迷う。
そして付け足す。
『答え急がなくていい』
すぐ既読。
返信はまだない。
☆
結衣は空を見上げる。
少しだけ雲が流れている。
結衣 「……私も、ちゃんと考えないと」
小さく呟いて、歩き出した。
選ぶ側の視点は、まだ途中だった。




