第81話「選ぶ側の視点」
夏の午後は、空気が少しだけ乾いていた。
結衣は駅前の並木道を歩きながら、スマホを見て立ち止まる。
『今少し時間ある』
送信相手は、兼次郎。
真衣の進路のことが、頭から離れなかった。
数分後、返事が来る。
『大丈夫。カフェなら行ける』
それだけで、決まった。
駅前のカフェ。
ドアを開けると、兼次郎はすでに席に座っていた。
落ち着いた姿勢で、飲み物のメニューを見ている。
結衣 「早い」
兼次郎 「たまたま空いてた」
結衣 「ほんとかな」
兼次郎 「ほんとだ」
短いやり取りのあと、結衣は向かいに座る。
少しだけ空気が静かになる。
兼次郎 「で、妹の件?」
結衣 「うん」
兼次郎は特に驚かない。
それが少しだけ安心だった。
結衣は真衣と賢太郎の話をする。
同じ高校に行くこと。
安心と不安が混ざっていること。
「一緒だから楽そう」という言葉。
それを一通り話し終えると、結衣は少しだけ息を吐いた。
結衣 「どう思う?」
兼次郎はコーヒーを一口飲んでから、少し間を置く。
兼次郎 「悪くないと思う」
結衣 「……それだけ?」
兼次郎 「それだけじゃないか?」
結衣 「真衣、不安なんだよ」
兼次郎 「不安なのは普通だ」
結衣 「またそれ」
兼次郎は少しだけ視線を上げる。
兼次郎 「不安があるから選ぶんだろ」
結衣は言葉に詰まる。
結衣 「でもさ」
結衣 「賢太郎と一緒に行くのが“安心”に寄ってる気がして」
兼次郎 「いいじゃないか」
結衣 「いいの?」
兼次郎 「完全に一人で決めるよりはな」
結衣は少しだけ黙る。
兼次郎は続ける。
兼次郎 「ただ、一つだけ気になる」
結衣 「なに?」
兼次郎 「“一緒じゃないと不安”になってるなら、それは少し違う」
結衣はその言葉に反応する。
結衣 「やっぱりそこなんだ」
兼次郎 「選ぶ理由が自分じゃなくなるからな」
少しの沈黙。
カフェの音だけが続く。
結衣 「じゃあさ」
結衣 「どうやって見分ければいいの?」
兼次郎は少しだけ考える。
兼次郎 「簡単だ」
結衣 「簡単?」
兼次郎 「一人でもその学校を選ぶかどうか」
結衣はその言葉を繰り返すように小さく呟く。
結衣 「一人でも……」
外は少しだけ夕方に近づいていた。
窓の光がテーブルに伸びる。
結衣 「それ、真衣に伝えてもいい?」
兼次郎 「いいんじゃないか」
結衣 「冷たい言い方」
兼次郎 「現実的と言ってほしいな」
結衣は少しだけ笑う。
結衣 「ほんと、あなたたち似てるよね」
兼次郎 「誰とだ」
結衣 「あのグループ」
兼次郎 「……そうかもしれないな」
少しだけ視線が揺れる。
帰り道。
結衣は空を見上げる。
真衣の「一緒だから安心」という言葉。
そして兼次郎の「一人でも選ぶか」という言葉。
どちらも正しい気がして、どちらも少しだけ怖い。
結衣 「選ぶって、難しいな」
小さく呟いて、歩き出す。
でもその中に、少しだけ答えが見え始めていた。




