第75話「空白の使い方」
梅雨に入りかけた街は、湿気だけがやけに存在感を持っていた。
空は曇っているのに、時間だけは妙に早く流れていく。
☆
玲緒菜は大学の図書館で、課題レポートを広げていた。
ノートの端には、いつものように予定が書かれている。
『再会』
ただそれだけの文字が、少しだけ目に残る。
☆
玲緒菜 「……ほんとに習慣になってる」
小さく呟いて、ペンを回した。
同じ頃。
結衣は講義室の後ろでノートを閉じる。
結衣 「終わったー……」
一将 「まだ半分」
結衣 「それ言うのやめて」
一将は淡々とスマホを見る。
一将 「次の課題、出てる」
結衣 「早いって」
一将 「大学だぞ」
結衣 「知ってる」
少しだけ笑って、それでも疲れた顔は隠せない。
駅前のカフェ。
瑠姫愛は窓の外を見ながらストローを噛んでいた。
瑠姫愛 「ねぇ雷斗」
雷斗 「なんだ」
瑠姫愛 「最近さ、みんな会うとき“当たり前”になってきてない?」
雷斗 「いいことだろ」
瑠姫愛 「そうなんだけど」
少し間。
瑠姫愛 「前みたいに特別じゃない感じする」
雷斗 「特別じゃなくなっただけだ」
瑠姫愛 「それって寂しい?」
雷斗 「知らん」
雷斗は一瞬だけ間を置く。
雷斗 「でも、悪くはない」
瑠姫愛は少しだけ笑った。
瑠姫愛 「それでいいか」
夕方。
駅前。
龍也がスマホを見ながら叫ぶ。
龍也 「また既読早すぎ!!」
大将 「お前が遅い」
龍也 「毎回それ言うな!!」
玲緒菜 「遅いのは事実だよ」
龍也 「お前まで!!」
結衣 「慣れてきたね」
一将 「習慣だな」
雷斗 「普通だ」
龍也 「その“普通”連呼やめろ!!」
六人が並んで歩く。
会話は騒がしいのに、空気は少し落ち着いている。
玲緒菜はその中で思う。
“空白”が増えたのに、関係は薄くならない。
むしろ、その空白の中で繋がっている気がする。
龍也 「なぁ」
結衣 「また始まった」
龍也 「いやさ」
少しだけ真面目な声。
龍也 「最近さ、会っても前ほど全部話してない気がすんだよな」
一将 「大人になってるだけだろ」
瑠姫愛 「それって悪いこと?」
龍也 「わかんねぇ」
雷斗 「悪くない」
玲緒菜 「うん」
少しの沈黙。
玲緒菜 「全部話さなくても、残るものがあるんじゃない?」
龍也 「何それ」
玲緒菜 「空白の使い方」
龍也 「お前たまに詩人になるのやめろ」
結衣 「でもちょっとわかる」
夜。
それぞれの部屋。
スマホが鳴る。
『次いつ?』
龍也。
もう誰も驚かない。
玲緒菜は少しだけ考えてから返す。
『決めてない。でも行く』
送信。
すぐに既読。
『了解』
龍也の返事は短い。
でもそれで十分だった。
玲緒菜は窓の外を見る。
雨が降り始めていた。
静かで、優しい音。
玲緒菜 「……これでいいのかもね」
空白は、もう不安ではなかった。




