第74話「少しだけ変わった距離」
春の空気が完全に抜けて、日差しだけが強くなってきた頃。
大学のキャンパスは、慣れと違和感が半分ずつ混ざっていた。
玲緒菜は階段教室の最後列に座り、スマホを一度だけ見てからカバンに戻す。
『今週、集まれる?』
龍也からの短いメッセージ。
その下に既に既読が並んでいた。
玲緒菜 「……早いな」
少し呆れながらも、指は迷わず動く。
『行く』
それだけで十分だった。
講義後の廊下。
結衣はノートを抱えながら歩いている。
結衣 「今日の課題、多くない?」
一将 「普通」
結衣 「その“普通”が一番怖いんだけど」
一将はスマホを見ながら歩幅を合わせる。
一将 「でも慣れる」
結衣 「慣れたくない気もする」
一将 「どっちだよ」
結衣は少しだけ笑った。
結衣 「たぶん、どっちも」
駅前のカフェ。
瑠姫愛はストローを回しながら外を見ている。
瑠姫愛 「なんかさ」
雷斗 「なんだ」
瑠姫愛 「会う頻度減ったのに、近い感じするの変じゃない?」
雷斗 「変じゃない」
瑠姫愛 「即答」
雷斗 「事実だろ」
瑠姫愛は少しだけ目を細める。
瑠姫愛 「そっか」
その一言は納得でも疑問でもなく、ただの受け入れだった。
夕方。
龍也は駅前でスマホを連打していた。
龍也 「おい、全員来るの早すぎるだろ」
大将 「お前が遅い」
龍也 「うるせぇ!!」
大将は返事もせず、ただ立っている。
その隣に玲緒菜が来る。
玲緒菜 「また騒いでる」
龍也 「騒いでねぇ!!正義の確認だ!!」
結衣 「意味わからない」
一将 「いつも通りだな」
雷斗 「落ち着け」
六人が揃うと、少しだけ空気が変わる。
会う回数は減っているはずなのに、距離は前より曖昧になっていた。
結衣 「なんかさ」
全員が見る。
結衣 「会うのが“予定”になってきたよね」
龍也 「最初から予定だろ」
結衣 「そういう意味じゃなくて」
瑠姫愛 「習慣ってこと?」
結衣 「うん、たぶんそれ」
一将 「悪くない」
雷斗 「普通だ」
龍也 「また普通かよ!!」
玲緒菜は少しだけ空を見上げる。
玲緒菜 「普通になったのかもね」
少しの沈黙。
それでも誰も否定しない。
帰り道。
駅へ向かう途中の雑踏の中で、龍也がふと立ち止まる。
龍也 「なぁ」
瑠姫愛 「また?」
龍也 「いやさ」
龍也は少しだけ言葉を探す。
龍也 「俺ら、まだちゃんと繋がってんのかな」
結衣 「繋がってるでしょ」
一将 「切れてない」
雷斗 「問題ない」
大将 「見ればわかる」
龍也 「冷た!!」
玲緒菜は少し笑う。
玲緒菜 「多分、前よりちゃんと繋がってる」
龍也 「どういう理屈だよ」
玲緒菜 「距離があるからじゃない?」
龍也は少し黙る。
龍也 「……わかんねぇけど、納得はした」
瑠姫愛 「それでいいんじゃない」
夜。
それぞれの部屋に戻ったあとも、スマホは静かではない。
『次いつ?』
龍也のメッセージ。
すぐに既読が並ぶ。
『また決める』
玲緒菜はそれだけ返してスマホを置く。
窓の外は静かで、遠くにだけ街の音が残っている。
玲緒菜 「……ちゃんと続いてる」
小さく呟いて、机に向き直る。
予定表には、また新しい空白が増えていた。




