第64話「通知が鳴る夜」
三月下旬。
夜。
☆
玲緒菜の部屋。
机の上には、 開きっぱなしの参考書。
もう受験は終わっている。
……はずだった。
☆
でも。
心だけが、 まだ終われない。
☆
スマホを開く。
メール。
大学サイト。
更新なし。
☆
篠田玲緒菜
「……はぁ」
ベッドへ倒れる。
天井を見る。
静かすぎる。
☆
コンコン。
母
「玲緒菜ー?」
「入るよー」
☆
扉が開く。
母がマグカップを持って入ってくる。
「カフェオレ置いとくね」
玲緒菜
「ありがと」
☆
母は少しだけ娘を見る。
「……まだ見てるの?」
☆
玲緒菜は苦笑い。
「まあね」
☆
母
「そんな何回も見ても変わらないでしょ」
玲緒菜
「分かってるって」
「でも見ちゃうんだよ」
☆
母はベッドに座る。
「不安?」
☆
玲緒菜は少し黙ったあと、 小さく頷いた。
「……うん」
☆
「なんかさ」
「中途半端なんだよね」
「落ちたなら落ちたで切り替えられるのに」
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声が少し掠れる。
「期待していいのか分かんない」
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母は静かに聞いていた。
玲緒菜
「みんな進路決まってるのに、 私だけ止まってる感じするし」
☆
母
「でも、ここまで頑張ったじゃん」
玲緒菜
「結果出なきゃ意味ないよ」
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言った瞬間。
自分で少し後悔した。
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母は怒らない。
ただ静かに笑った。
「じゃあ、お母さんは意味ない娘育てたの?」
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玲緒菜
「……そういう言い方ずるい」
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母
「結果だけで頑張り決まるなら、 世の中ほとんど無意味になっちゃうよ」
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玲緒菜は視線を落とす。
☆
母
「まあでも」
「今、不安なのは本気だった証拠だね」
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その言葉が、 少しだけ胸に残る。
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ピコン。
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玲緒菜
「っ!」
反射的にスマホを掴む。
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通知。
LINE。
龍也
『生きてる?』
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玲緒菜
「……なんなのこいつ」
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母が笑う。
「いい友達じゃん」
☆
すぐに追加通知。
瑠姫愛
『病んでそうだから通話しよーぜ』
結衣
『玲緒菜、絶対今ネガティブ入ってるでしょ』
一将
『龍也がうるさいから集合になった』
武田雷斗
『来い』
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玲緒菜
「雑」
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でも。
少しだけ笑っていた。
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数十分後。
グループ通話。
☆
龍也
『よぉ補欠ヒロイン』
玲緒菜
「ぶっ飛ばすぞ」
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結衣
『あ、元気じゃん』
瑠姫愛
『思ったより声死んでなかった』
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玲緒菜
「お前ら失礼すぎない?」
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龍也
『いや絶対ベッドで天井見ながら“私だけ取り残されてる……”とかやってると思った』
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玲緒菜
「……」
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沈黙。
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龍也
『え、図星?』
玲緒菜
「うるさい」
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全員吹き出す。
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結衣
『分かりやすすぎるでしょ玲緒菜』
瑠姫愛
『かわいいかよ』
玲緒菜
「かわいくない」
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その空気を、 雷斗が静かに切る。
武田雷斗
『で』
『飯食った?』
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玲緒菜
「……まだ」
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雷斗
『だから病むんだよ』
玲緒菜
「関係ある?」
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雷斗
『ある』
『腹減ると人間ネガティブになる』
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龍也
『それはマジ』
一将
『意外と正論』
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瑠姫愛
『雷斗ってたまに生活力あるよね』
雷斗
『たまにってなんだ』
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玲緒菜は少し笑う。
その笑い声に、 結衣が安心したように言う。
『よかった』
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玲緒菜
「え?」
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結衣
『最近ずっと張ってたから』
『今の玲緒菜、ちょっとだけ普通に戻った』
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玲緒菜は言葉に詰まる。
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龍也
『まあでもマジで』
『補欠って一番しんどいよな』
急に真面目な声。
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『落ちたなら次考えるしかないけど、“まだ可能性ある”って逆に心休まんねーし』
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玲緒菜
「……うん」
☆
一将
『でも可能性がゼロじゃないなら、待つしかない』
☆
瑠姫愛
『玲緒菜ってさ』
『ずっと“頑張らなきゃ”で走ってたじゃん』
『だから今、“待つだけ”が苦しいんだと思う』
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玲緒菜は静かになる。
☆
図星だった。
☆
何かしていれば安心できる。
勉強して。
努力して。
積み重ねて。
でも今は。
待つしかない。
それが一番苦しい。
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その時。
雷斗がぽつりと言う。
『玲緒菜』
「ん?」
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『お前、受かるために何年頑張った』
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玲緒菜
「……え」
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『数日待つくらいで、自分の全部疑うな』
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空気が静まる。
☆
雷斗
『お前がやってきた量、俺ら全員知ってる』
『だから今さら一人で否定すんな』
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玲緒菜の目が熱くなる。
☆
龍也
『うわ』
『今日の雷斗なんか主人公感ある』
☆
瑠姫愛
『それな』
結衣
『刺さったわ今の』
一将
『珍しくいいこと言った』
☆
雷斗
『うるせぇ』
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玲緒菜は笑ってしまう。
涙が滲む。
でも。
今度は苦しい涙じゃなかった。
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玲緒菜
「……ありがと」
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誰も茶化さない。
静かな空気。
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その時だった。
ピコン。
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玲緒菜のスマホが震える。
☆
全員止まる。
☆
玲緒菜
「……え」
☆
画面。
大学からのメール通知。
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息が止まる。
☆
龍也
『おい』
瑠姫愛
『待って』
結衣
『来た!?』
☆
玲緒菜の手が震える。
☆
雷斗
『開け』
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玲緒菜
「む、無理……」
☆
心臓が痛い。
指が動かない。
☆
一将
『玲緒菜』
『大丈夫だから』
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玲緒菜は震える息を吐く。
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そして。
ゆっくり。
通知をタップした。
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画面が開く。
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数秒。
☆
沈黙。
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玲緒菜の目が、 大きく揺れた。
☆
「……え」
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全員が息を呑む。
☆
玲緒菜の唇が震える。
☆
そして。




