第65話「春が来る音」
玲緒菜の呼吸が止まる。
スマホを持つ手が震えていた。
☆
グループ通話。
誰も喋らない。
☆
龍也
『……おい』
☆
返事がない。
☆
結衣
『玲緒菜……?』
☆
玲緒菜の目が、 画面に釘付けになっている。
文字を読んでいるはずなのに、 頭に入ってこない。
☆
“補欠合格者繰り上げのお知らせ”
☆
その一文だけで、 世界の音が遠くなる。
☆
玲緒菜
「……うそ」
声が震える。
☆
瑠姫愛
『え』
龍也
『どっち!?』
☆
玲緒菜の喉が詰まる。
涙で画面が滲む。
うまく見えない。
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もう一度、 読み直す。
☆
『この度、補欠合格者として選考しておりました篠田玲緒菜様につきまして――』
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心臓がうるさい。
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『正式に合格となりましたことをご通知いたします』
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その瞬間。
☆
玲緒菜
「……っ、受かった……」
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数秒。
誰も反応できない。
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そして。
☆
龍也
『うおおおおおおおおお!?!?』
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鼓膜が壊れそうな絶叫。
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瑠姫愛
『うそ!?!?!?』
結衣
『きたぁぁぁぁ!!』
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一将ですら、 珍しく声を上げた。
『……マジか』
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玲緒菜はもう画面を見られない。
涙が止まらない。
☆
玲緒菜
「っ……やば……」
「ほんとに……?」
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何度も確認する。
名前。
受験番号。
通知内容。
全部、 自分だった。
☆
龍也
『全員合格じゃねぇかぁぁ!!』
☆
瑠姫愛
『やばいやばい泣く泣く泣く!!』
☆
結衣の声も少し震えていた。
『玲緒菜、おめでとう……!』
☆
玲緒菜
「……っ、ありがと……」
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言葉にならない。
ずっと苦しかった。
ずっと怖かった。
“もしダメだったら”を、 何回も考えた。
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でも。
全部。
今、 報われた。
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その時。
ずっと黙っていた雷斗が、 小さく息を吐く。
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武田雷斗
『……だから言っただろ』
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玲緒菜
「……え?」
☆
『終わってないって』
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玲緒菜の涙がまた溢れる。
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龍也
『いやお前カッコつけんな!!』
瑠姫愛
『最後だけ主人公すぎる!!』
結衣
『ズルいって今の!』
☆
雷斗
『うるせぇ』
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でも。
少しだけ笑っていた。
☆
玲緒菜はスマホを胸に抱える。
涙が止まらない。
☆
その時。
部屋の外から母の声。
「玲緒菜!? 大丈夫!?」
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泣き声が聞こえたのだろう。
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玲緒菜
「お母さん……!」
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扉が開く。
母が慌てて入ってくる。
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玲緒菜は涙ぐしゃぐしゃのまま、 スマホを見せた。
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「受かった……!」
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母の目が大きくなる。
「……え?」
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玲緒菜
「京大……受かった……!」
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数秒後。
母が一気に泣き崩れた。
「よかったぁぁぁ……!」
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玲緒菜
「ちょ、泣きすぎ……!」
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でも。
自分も泣いている。
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母
「ずっと頑張ってたもんねぇ……!」
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その言葉で、 また涙が溢れる。
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グループ通話の向こうでは、 まだ騒ぎが続いていた。
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龍也
『お祝い!!』
瑠姫愛
『焼肉!!』
結衣
『絶対集まる!!』
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一将
『店予約するか』
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雷斗
『高ぇとこ行くなよ』
龍也
『お前京大合格者だろ払え』
雷斗
『なんでだよ』
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玲緒菜は笑う。
涙のまま。
声を出して。
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こんな風に笑えたのは、 いつぶりだろう。
☆
受験。
不安。
焦り。
恐怖。
全部。
簡単に消えるわけじゃない。
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でも。
今だけは。
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「終わったんだ……」
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その言葉を、 ようやく自分に言えた。
☆
窓の外。
春の風が、 カーテンを揺らしていた。
☆
長かった冬が、 ようやく終わる。
☆
そして。
それぞれの春が、 今、始まる。




