第59話 「前日、再び」
二月上旬。
二次試験前日。
朝から空気が違った。
教室は静かを通り越して、 ほとんど無音に近い。
参考書を開く音すら、 どこか遠く感じる。
結衣は机に座ったまま動けなかった。
結衣
「……明日かぁ」
龍也が横で苦笑する。
龍也
「また言ってる」
「だってさ、また“あの日”来るんだよ?」
共通テスト前日と同じ空気。
でも今回は違う。
“大学別の本番”。
一将は静かにノートを閉じた。
天野一将
「今日はもう詰めない」
結衣が見る。
「え、いいの?」
「明日のため」
短い。
でも正しい。
瑠姫愛も静かに頷く。
瑠姫愛
「今日は早く寝る日だね」
でも誰もすぐ帰れない。
その場の空気が、 妙に重い。
普通科。
玲緒菜も机に向かっていた。
篠田玲緒菜
京大赤本。
最後の確認。
でもページはほとんど進まない。
(これ以上やっても変わらない)
頭では分かっている。
でも不安が止まらない。
その時。
雷斗が隣に座る。
武田雷斗
「やりすぎ」
玲緒菜が苦笑する。
「落ち着かないんだもん」
雷斗は赤本を閉じる。
「今日はもう終わり」
「え、でも……」
「明日解けなくなる」
その言葉で、 少し黙る。
玲緒菜はゆっくり頷いた。
「……怖いね」
雷斗は少しだけ間を置いて言う。
「怖いのは普通」
その言葉に、 少しだけ呼吸が戻る。
夕方。
教室は空っぽになっていく。
残るのは、 椅子の音だけ。
結衣は帰り支度をしながら言った。
「なんかさ」
「ん?」
「終わる感じする」
龍也が笑う。
「まだ始まってもないけどな」
「それが怖いの!」
一将は窓の外を見る。
冬の夕焼け。
静か。
「明日で決まるわけじゃない」
結衣が見る。
「でも明日で変わる」
その言葉に、 誰も反論できなかった。
夜。
帰り道。
冷たい風。
結衣は空を見上げる。
「……受かりたいな」
一将が隣を歩く。
「受かるやつは受かる」
「雑!」
「事実」
少し笑う。
でも。
その笑いは少し震えていた。
普通科。
玲緒菜も同じ夜空を見ていた。
「明日かぁ……」
雷斗が隣で言う。
「今さら逃げられない」
玲緒菜は少し笑う。
「逃げないよ」
小さな声。
でも。
はっきりしていた。
明日。
すべてが決まる。
長かった受験生活の、 最後の扉が開く。




