第48話 「E判定」
十月下旬。
雨。
☆
放課後。
自習室。
☆
空気は静かだった。
いつも通り。
受験生たちの空気。
☆
その中。
玲緒菜は一枚の紙を見つめたまま動けなかった。
篠田玲緒菜
☆
京大実戦模試。
判定。
——E。
☆
頭が真っ白だった。
☆
(……え)
意味が分からない。
☆
夏。
頑張った。
全国模試もA判定だった。
でも。
今回は、 完全に崩れた。
☆
特に数学。
大失敗。
焦った。
止まった。
崩れた。
☆
玲緒菜は紙を握る。
呼吸が浅い。
☆
周囲では、 普通に勉強の音がしている。
でも。
自分だけ別世界みたいだった。
☆
その時。
椅子が引かれる音。
雷斗だった。
武田雷斗
「どうした」
玲緒菜はすぐ隠そうとした。
でも。
遅かった。
☆
雷斗の視線が判定欄へ落ちる。
☆
沈黙。
☆
玲緒菜は笑おうとした。
「……終わったかも」
声が少し震えていた。
☆
雷斗は紙を見る。
そして静かに言う。
「一回だろ」
「でもEだよ……?」
玲緒菜の目が潤む。
☆
「京大実戦でEって」
「無理ってことじゃん……」
☆
受験生にとって、 E判定は重い。
特にこの時期は。
☆
雷斗は少し黙る。
そして。
「模試で合否決まるなら、受験いらない」
玲緒菜が俯く。
☆
「でも怖い……」
「今まで全部崩れそう」
☆
その声は、 かなり弱かった。
☆
雷斗は静かに問題冊子を見る。
「数学だな」
玲緒菜が小さく頷く。
「焦った」
「途中で頭真っ白になった」
☆
雷斗は短く言う。
「原因あるなら修正できる」
☆
玲緒菜は少し顔を上げる。
☆
「何となく悪かった、じゃない」
「焦って崩れた」
「なら対策できる」
☆
静かな声。
でも。
妙に落ち着く。
☆
玲緒菜は目を閉じる。
涙が少し零れそうになる。
「……悔しい」
本音だった。
☆
A判定を取って。
少し安心していた。
でも。
受験はそんなに甘くなかった。
☆
雷斗が静かに言う。
「だから秋は怖い」
玲緒菜が少し笑う。
「兼次郎くんみたいなこと言う」
「事実」
☆
少し沈黙。
そのあと。
雷斗が小さく続けた。
「でもお前、ここで逃げないだろ」
玲緒菜が止まる。
☆
その言葉で、 少しだけ呼吸が戻る。
☆
夜。
帰り道。
雨。
☆
玲緒菜は傘を差しながら歩く。
少し静か。
☆
「……怖かった」
雷斗が隣を歩く。
「ん」
「A判定見たあとだったから余計」
☆
模試。
判定。
順位。
受験は、 何度でも心を揺らしてくる。
☆
玲緒菜は小さく言う。
「なんか、自分がダメになった気がした」
☆
雷斗は少し歩いてから言った。
「一回で全部決まらない」
☆
「お前が夏頑張ったのも消えない」
「今まで積み上げたのも消えない」
☆
玲緒菜は少し目を見開く。
☆
「E判定でも、お前はお前」
静かな声。
でも。
まっすぐだった。
☆
玲緒菜は少し笑う。
涙を堪えながら。
「……うん」
☆
受験は残酷だ。
頑張っても、 崩れる時は崩れる。
☆
でも。
そこで折れるかどうか。
それが、 本当に試される瞬間だった。




