第15話 「親父と京大」
夜。
武田家。
テレビでは格闘技番組が流れている。
机の上には缶ビール。
灰皿。
低いソファ。
そして。
そこに座る男。
武田雷斗の父
金髪混じりの短髪。
鋭い目。
少しヤンキーっぽい雰囲気。
普通に歩いているだけで怖がられるタイプ。
でも。
雷斗にとっては、 昔から“親父”だった。
☆
武田雷斗は、 廊下で立ち止まっていた。
「……めんどくせ」
小さく呟く。
勉強より、 この会話の方が疲れる。
☆
父がテレビを見たまま言う。
「なんだ」
雷斗は少し眉をひそめる。
「まだ何も言ってねえ」
「お前が話しかけてくる時は大体面倒な話だ」
「……当たってる」
父が少し笑う。
☆
雷斗は向かいへ座る。
沈黙。
テレビの実況だけが響く。
父はリモコンで音量を下げた。
「で?」
雷斗は短く言う。
「進路」
「おう」
「京大行く」
数秒。
沈黙。
☆
父はビールを置いた。
「……京大?」
「そう」
「京都大学?」
「他に何がある」
父がじっと雷斗を見る。
「お前、東大じゃねえのか」
雷斗は即答する。
「興味ない」
「即答かよ」
☆
父は少し笑った。
でもそのあと、 真面目な顔になる。
「本気か」
雷斗は頷く。
「本気」
父は目を細める。
「珍しいな」
「何が」
「お前、“やりたい”ってあんま言わねえだろ」
雷斗は少し黙る。
確かにそうだった。
必要だからやる。
勝てるからやる。
それが多かった。
でも今回は違う。
☆
父が腕を組む。
「理由は」
雷斗は少し考える。
そして。
「……行けると思った」
父が笑う。
「自信家」
「違う」
雷斗は静かに続ける。
「多分、今の俺なら届く」
その言葉に、 父の目が少し変わる。
父は深くソファにもたれた。
「京大ねぇ……」
「頭いいやつしかいねえイメージだわ」
雷斗は淡々と言う。
「実際そうだろ」
「お前が言うと腹立つな」
☆
その時。
父がふと聞く。
「彼女は?」
雷斗が止まる。
「……は?」
「いるんだろ」
「なんでそうなる」
父はニヤッと笑う。
「お前が“本気”になる時、大体誰か関係してる顔してる」
雷斗は露骨に嫌そうな顔をする。
「気持ち悪い分析すんな」
父が笑う。
「図星か」
☆
雷斗はため息をつく。
でも否定しなかった。
玲緒菜の顔が浮かぶ。
“無理って言われたの悔しい”
そう言ってた顔。
☆
父は静かに言った。
「いいじゃねえか」
雷斗が見る。
「何が」
「本気になれるもんあるなら」
その言葉は意外だった。
雷斗は少し黙る。
☆
父は続ける。
「俺、お前くらいの頃なんか将来とか何も考えてなかったぞ」
「毎日適当に生きて」
「喧嘩して」
「怒られて」
「終わり」
雷斗は少し笑う。
「今もそんな変わってねえだろ」
「うるせえ」
珍しく二人で少し笑った。
☆
そして父は真面目な顔になる。
「でもな」
雷斗も視線を向ける。
「京大行きたいって自分で言えたなら、もう半分勝ってる」
雷斗は眉をひそめる。
「半分?」
「行きたい場所ないやつ、結構いるからな」
その言葉は、 妙に重かった。
☆
父はビールを飲みながら言う。
「やれよ」
「京大」
雷斗は少しだけ驚く。
「止めねえのか」
父は鼻で笑う。
「止めてやめるタマかよお前」
雷斗は少し黙る。
そして。
「……まあな」
☆
部屋へ戻る途中。
スマホが震える。
メッセージ。
篠田玲緒菜
『お母さんに京大の話した!』
雷斗は少しだけ目を細める。
返信。
『なんて言われた』
すぐ返事。
『本気なら応援するって』
雷斗は短く打つ。
『なら受かるしかないな』
既読。
少しして。
『うん』
その一文字を見ながら、 雷斗は静かに思う。
――落ちたくない。
自分も。
あいつも。
☆
机の前。
“京都大学”の文字。
難しい。
遠い。
でも。
不可能とは思わなかった。
雷斗は静かに椅子へ座る。
そして問題集を開いた。
“本気”になった夜は、 少しだけ静かだった。




