第5話 「線の向こう側」
模試は静かに始まった。
鉛筆の音だけが、教室を支配する。
三年A組。
誰もが同じ問題を見ているのに、 見えている景色は少しずつ違っていた。
結衣は、深く息を吸う。
(落ちるかもしれない)
その言葉が頭から離れない。
でも、ペンは止まらなかった。
☆
隣の教室。
篠田玲緒菜も同じように問題を見ていた。
「……やるしかない」
小さく呟く。
前方には雷斗の背中。
武田雷斗
迷いがない解き方。
速い。
正確。
玲緒菜は歯を食いしばる。
(置いていかれる)
その瞬間、彼女はペンを強く握った。
☆
教室の中盤。
天野一将は無表情のまま問題を解いていた。
周囲の緊張も、 順位の空気も、 関係ないように見える。
だが。
隣で結衣がふと気づく。
(この人、いつもより早い)
一将は一度だけ結衣を見る。
「集中しろ」
それだけ。
結衣は小さくうなずき、 また問題に戻る。
☆
試験後。
夕方。
廊下は異様に静かだった。
誰も笑わない。
誰も軽く話さない。
ただ“終わった”という重さだけがある。
瑠姫愛が呟く。
「……やばいかも」
茉優は苦笑する。
「うん、今回は空気違った」
龍也が頭をかく。
龍也
「これさ……本当に誰か落ちるやつじゃん」
誰も否定できない。
☆
帰り道。
玲緒菜と雷斗。
篠田玲緒菜
武田雷斗
玲緒菜は小さく息を吐く。
「……疲れた」
雷斗は淡々と歩く。
「想定内」
「そういうのが一番むかつく」
雷斗は少しだけ横を見る。
「どうだった」
玲緒菜は少し黙ってから。
「……分からない。でも」
言葉を切る。
「前よりはできた気がする」
雷斗は短く言う。
「なら落ちない」
玲緒菜は少し笑う。
「その自信ほんとどこから?」
雷斗は前を向いたまま。
「お前が諦めなかったから」
玲緒菜の足が止まりかける。
☆
その夜。
三年A組の全員が、 それぞれの部屋で同じことを考えていた。
――結果が出る。
――誰かが落ちる。
――そして。
今の関係は、もう元には戻らないかもしれない。
結衣は机の前で呟く。
玲緒菜も同じように呟く。
篠田玲緒菜
「ここで終わりたくない」
雷斗は静かに言う。
武田雷斗
「ここからだ」
そして翌日。
結果発表の紙が、 教室に運ばれてくる。
――線の向こう側が、決まる瞬間だった。




