第4話 「名前が落ちる日」
模試の前日。
三年A組は、いつもより早く“静か”だった。
勉強しているから静か、ではない。
言葉を選んでいるから静かだった。
結衣は、ペンを握ったまま動かない。
「……ねえ一将」
天野一将は問題集から目を上げない。
「ん」
「ほんとに誰か落ちるの?」
一将は一度だけ間を置いた。
「落ちる」
即答。
結衣は顔をしかめる。
「軽く言わないでよ」
一将は淡々と続ける。
「軽いことじゃないから、言い方が普通になる」
その言葉に、結衣は何も返せなかった。
☆
教室の後ろ。
瑠姫愛が珍しくペンを止めている。
「ねえ、茉優」
茉優は顔を上げる。
「うん?」
「もしさ……落ちるのが“知ってる人”だったらどうする?」
茉優は少し黙る。
「……考えたくないね」
その一言で会話が止まる。
☆
廊下。
雷斗と玲緒菜。
武田雷斗
篠田玲緒菜
玲緒菜は歩きながら、小さく呟く。
「ほんとにさ、これ怖すぎない?」
雷斗は即答する。
「怖がっても変わらない」
「そういう問題じゃない!」
玲緒菜は止まる。
「だってさ……“誰かが落ちる”ってことだよ?」
雷斗は少しだけ振り返る。
「だから上がれって言ってる」
玲緒菜は息を詰める。
「……それ、みんな同じこと考えてるよ」
雷斗は短く言う。
「考えてるだけのやつは落ちる」
その一言が、妙に刺さった。
☆
放課後。
教室。
空気は完全に変わっていた。
笑い声が少ない。
雑談が短い。
全員が“誰かの名前”を意識している。
兼次郎が静かに言う。
「今回で下位は確定する」
龍也は苦笑する。
「確定って言い方やめろよ……」
瑠姫愛は冗談を言おうとして、やめた。
茉優はノートを見つめたまま動かない。
☆
その夜。
結衣は机に向かいながら、ずっと同じ問題を解いていた。
結衣
「……落ちるってさ」
ペンが止まる。
「誰かのことなんだよね」
静か。
隣の部屋から、一将の声が聞こえた気がした。
――気のせいかもしれない。
でも結衣は思う。
「私は、落ちたくない」
同じ頃。
玲緒菜も机に向かっていた。
篠田玲緒菜
「落ちるのって……怖い」
小さく呟く。
その背後には、 雷斗の言葉が残っている。
――“考えてるだけのやつは落ちる”
玲緒菜は目を閉じる。
「……考えるだけじゃダメなんだ」
☆
そして翌日。
模試の会場。
教室の扉が開く音が、いつもより重く響いた。
誰もが理解していた。
今日の結果は、ただの順位ではない。
“名前が残るか、消えるか”。
その一線の上で、全員が同じ問題用紙を開いた。




