第7話 ロラとダンジョン
午前の配達を終えて、ギルドのほうへ向かっていた。
今日こそ廃墟帯に行こうと思っていた。(スモーク)の練習。人のいない場所で、何度でも試す。昨日の夜にそう決めた。
でも、ギルドの前で足が止まった。
青い髪が見えたからだ。
ロラがギルドの入口の柱に寄りかかって腕を組んでいた。誰かを待っている感じではなく、ただそこにいる感じだった。
こっちに気づいて、顔を上げる。
「あんた、今日も午後?」
「うん」
「一人?」
「そうだけど」
「じゃあ一緒に行かない?」
前回一緒に潜ったときのことを思い出す。煙を撒き散らして怒られた。でも、戦闘自体は悪くなかった。ロラが前で殴り、僕が横を取る形は、なんとなく噛み合っていた。
「いいよ」
「煙なしでお願いね」
「分かってる」
二人でダンジョンの入口へ向かう。
1層に降りると、いつもの空気が肌に触れた。光石の薄い明かり。湿った石の匂い。ミニマップに線が伸びていく。
「どこから回る?」
「右の通路が空いてると思う」
「なんで分かるの?」
「勘」
「あんたの勘、信用していいの?」
「今のところ外れたことはない」
「ふーん」
ロラが先に歩き出した。自然と前に出る。前衛の位置。僕は少し後ろについた。
この形がしっくりくる。前の人生のゲーム知識が勝手に配置を決めているのもあるけど、実際に理にかなっている。ロラは拳と蹴りの近接型で間合いが近い。僕は短刀のほうがリーチがあるけど、索敵ができる分、後ろから全体を見るほうが合っている。
最初のラットはロラが片付けた。
角の先に赤い点が一つ映った。「前に一匹」と声をかけると、ロラが構える間もなく角を曲がった。拳が一発。ラットが煙になった。
「遅い」
ラットに言っていた。僕にではない。たぶん。
先へ進む。二匹目は通路の合流地点にいた。
ロラが踏み込んで拳を振る。当たる。でもラットが粘って逃げ際に爪を振った。ロラが半歩で躱し、その隙に僕が横から入って右の短刀で首を裂いた。
煙になって消える。
「あんた、速いわね」
「ロラのほうが踏み込み速いよ」
「踏み込みは速いけど、二撃目が追いつかないのよ。拳だとリーチが短いから」
自分の弱点が分かった上で突っ込んでいく。度胸があるのか無謀なのか、たぶん両方だ。
2層に降りたら通路が少し暗くなった。光石の間隔が広がって、影が深い。
通路の先にミニマップで赤い点が三つ映った。固まっている。
「前に三匹。少し先の広い場所」
「三匹か。いける?」
「ロラが正面を受けてくれれば、横と後ろは僕がやる」
「了解」
角を曲がると、広めの空間にラットが三匹いた。こちらに気づいて、一斉に動く。
ロラが真っ直ぐ踏み込んで先頭のラットに右の拳を叩き込んだ。吹き飛ぶ。二匹目が横から回る。ロラが振り向きかけるが、間に合わない。
「右!」
声を出した時には、もう走っていた。右の短刀で二匹目を斬り、同時に奥から飛び出してきた三匹目を左の短刀で受けて右で仕留めた。
三匹。数秒だった。
ロラが振り返って、少し目を丸くした。
「なんで右から来るの分かったの?」
「気配」
「気配ねえ」
納得はしていない顔だった。でも追及はしない。いつもの「ふーん」が来るかと思ったけど、今日は少し違った。
「便利ね、それ」
素直だった。
そのまま2層を回る。ロラが前で殴り、僕が横と後ろを守る。声をかければロラの反応は早い。「左」と言えば左を向くし、「下がって」と言えば下がる。
逆に、ロラが「行くわよ!」と言えば、僕はすぐ横のカバーに入れる。
言葉が少ないのに、動きが噛み合う。
ロラは前のめりに突っ込む癖がある。拳のリーチが短いから、どうしても距離を詰めないといけない。そのぶん、横や後ろが空く。でも僕がそこにいれば、空いた場所を埋められる。
二人で戦うと、一人のときとは違う。効率がいい。カバーがある分、安心して動ける。
戦闘の合間、通路を歩きながら少しずつ話した。
「あんた、いつからダンジョン来てるの?」
「十歳になってすぐ」
「あたしもそのくらい。でもあんたのほうが慣れてる」
「毎日来てるからね」
「毎日? 午前は配達で、午後は毎日ここ?」
「うん」
「よくやるわね」
呆れた声だったけど、嫌そうではなかった。
「ロラはなんで冒険者に?」
聞いてみた。ロラは少し間を置いた。拳を軽く握って、開いて。それから答えた。
「強くなりたいから」
短かった。でも、軽い言い方じゃなかった。
その先は聞かなかった。聞いていい空気じゃなかったし、聞かなくても伝わるものがあった。この子にとって「強くなりたい」は、願望じゃなくて必要なんだと。
「あんたは?」
ロラが聞き返してきた。
「一人で生きていくため」
「うん」
「あと、ちょっと楽しい」
「楽しい?」
「ダンジョンの奥に何があるか、見てみたいんだ」
ロラが少し変な顔をした。
「変なの。普通、怖いとか思わない?」
「思わないかな。怖いよりも、気になるほうが強い」
「……変なの」
二回言った。でも、口元が少しだけ笑っていた。
2層の端まで回って、ダンジョンの出口へ戻る。
地上に出る前に、魔石を分けた。今日の分は全部で八個。品質はまちまちだ。
手に取って一つずつ確認する。
魔石(小)品質:並
魔石(小)品質:並
魔石(小)品質:良
良いほうと普通のほうを分けて、良いほうをロラの手に乗せた。
「こっちのほうが少し良い」
「なんで分かるの?」
「勘」
「また勘? あんた勘だらけじゃない」
「便利な勘なんだ」
「嘘くさ」
でもロラは受け取った。魔石を袋にしまいながら、小さく言った。
「ありがと」
短かった。さらっと。目も合わせなかった。
でも、初めて聞いた気がした。この子がお礼を言うの。
「どういたしまして」
「別にお礼ってほどじゃないわよ。分けただけでしょ」
「そうだね」
地上に出てギルドの前で魔石を売り、二人分の稼ぎを分けてそれぞれの手に収めた。
「また行く?」
ロラが聞いた。
「いいよ」
「じゃあ、また今度」
「うん」
手を振るわけでもなく、ロラは人混みの中に歩いていった。青い髪がすぐに見えなくなる。
一人で帰り道を歩いた。
二人で潜ると効率がいい。ロラが前で殴り、僕が横を守る。声をかければ反応が早い。お互いの動きが、少しだけ分かり始めている。
悪くない。
一人のときとは違う。前の人生では、誰かと一緒に仕事をするのはあまり好きじゃなかった。会議は長いし、報連相は面倒だし、飲み会は断りたかった。
でも、ロラとなら嫌じゃない。
なんでだろう。
たぶん、この子が嘘をつかないからだと思う。思ったことをそのまま言う。怒るときは怒るし、呆れるときは呆れる。「ありがと」も、出るときは出る。そういう人と一緒にいるのは、楽だ。
帰り道、ふと気づいた。今日、廃墟帯に行くつもりだったのに、結局ロラとダンジョンに行ってしまった。
(スモーク)の練習は、明日に持ち越しだ。
……明日こそ。三回目の「明日こそ」だった。
少しでも面白いと思ったら、下から星を押して応援していただけると、毎日の執筆の励みになります!




