第6話 僕のステータス
夜の小屋は静かだった。壁の隙間から夜風が入ってくる。寝台に座って膝の上に短刀を置き、今日の汚れを布で拭いて刃の状態を確かめた。
短刀
攻撃力:8
耐久:12/15
材質:鉄
耐久が少し減っている。そろそろ研ぎに出したほうがいい。もう一本も見る。
短刀
攻撃力:7
耐久:10/15
材質:鉄
こっちはもっと減っている。安い短刀だから仕方ない。
二本とも布に包んで、寝台の横に置いた。
明日から廃墟帯で(スモーク)の練習を始める。そう決めた。ダンジョンでは使えない。人がいる場所で撒き散らすわけにはいかない。ヨルグにもう一度怒られたら、たぶん次は説教では済まない。
でも、練習しないと前に進めない。
その前に、一度ちゃんと自分を見ておこう。
意識を向けてステータスを開く。
普段はレベルとHP、MPだけ確認して閉じている。でも今日は全部見る。
ルート
シーフ Lv5
HP:62
MP:155
筋力:12
耐久:11
敏捷:32
器用:22
知力:16
運:33
【スキル】
《表示展開》
《空間把握》
《気配感知》
《短刀術》
【魔法】
(スモーク)
全部並べると、こんな感じだ。
前の人生では、こういう画面を何千回と見てきた。自分が作ったゲームのテストキャラ、バランス調整中の数値、ユーザーのビルド傾向。数字を見れば、そのキャラがどういう方向を向いているか分かる。
今、自分のステータスを見ても同じことが分かる。
まず、敏捷:32。
これは高い。たぶん普通のレベル5の冒険者なら10から15くらいだと思う。倍以上ある。
五歳から五年間、毎日街を走り続けた結果だ。荷物を抱えて路地を抜け、階段を駆け上がり、荷車の隙間をすり抜ける。その繰り返しが数字に出ている。
次にMP:155。
これが一番分からない。HPの三倍近い。シーフというジョブは魔法を使う職業じゃない。なのにこの数字。他の人のMPがどのくらいか知らないけど、HPより高いことは普通じゃないはずだ。
前の人生の感覚で言えば、「魔法使いの魔力を積んだシーフ」みたいなビルドだ。意図的にやったら面白いけど、偶然こうなるのは少し怖い。
筋力:12、耐久:11。低い。
パワーで押すタイプじゃないのは数字を見れば分かる。短刀二本で急所を狙うほうが向いている。
器用:22。悪くない。手先の精度。短刀を扱うには十分だし、配達で細かいものを壊さず運ぶ手つきも、ここに入っているのかもしれない。
知力:16。普通だと思う。前世の知識がどこまで数字に反映されているかは分からない。
運:33。これも高い気がするけど、何に効いているのかさっぱり分からない。クリティカル率とか、ドロップ率とか、前の人生のゲームならそういうところに効く数字だったけど。まあ、高いに越したことはない。
ゲームなら、こう言うだろう。
スピード特化のシーフビルド。MPだけ妙に高い。攻撃魔法なし。
まだ頼りない。一人で生きていくには、もっと強くならないといけない。
次にスキル。
《表示展開》。これのおかげで今この画面が見えている。神様の――げふんの人のおまけ。他の人はギルドの鑑定ストーンでレベルとジョブしか確認できない。僕だけが全部見える。たぶんこの世界で一番恵まれている部分だ。
《空間把握》。ミニマップ。これも神様のおまけ。正直、一番便利なのはこれだと思う。歩いた場所が地図になる。敵の位置が分かる。ダンジョンで迷わない。配達で道を覚えるのが早いのも、半分はこのおかげだ。
《気配感知》。いつの間にか生えていた。近接戦闘では役に立っている。ミニマップは便利だけど、四六時中あれを見ながら短刀は振れない。敵が目の前にいるときは、体の感覚のほうが頼りになる。背後の気配、横からの殺気。そういうのを拾ってくれるのがこのスキルだと思う。
《短刀術》。ダンジョンで短刀を振り続けた結果だと思う。誰かに教わったわけじゃない。実戦で覚えた我流だ。でも、ラットやバット相手なら十分に通用している。
四つ。多いのか少ないのか分からない。他の人のスキルは見えないから比べようがない。
最後に魔法。(スモーク)。
魔法欄にあるのはこれだけだ。煙を出す。それだけ。消費MPは3。僕のMP:155なら50回以上使える。燃費だけは最強だ。
問題は使い方。
出すことはできる。意識すれば煙が出る。魔法書に書かれた通りの、自動的な発動。でもそこまでだ。出た煙はただ広がるだけ。形にならない。方向も指定できない。壁にしたいとか、薄く張りたいとか、そういう調整がまったくできない。
ロラを煙まみれにした。ダンジョンの1層を白くした。ヨルグに怒られた。
原因は分かっている。MPが多すぎるんだ。蛇口が大きすぎて、ちょっとひねっただけで水が溢れる。絞りたいのに、全開か全閉しかない。
前の人生では、エフェクトのパラメータを0.1刻みで調整できた。量、方向、拡散速度、持続時間。スライダーを動かせば思い通りに変えられた。
でも今の僕には、そのスライダーがない。
体の中に155の魔力がある。その一部だけを、思った量だけ、思った方向に出す方法が分からない。
エリアナに聞いてみようか。一瞬そう思ったけど、やめた。まずは自分で試す。前の人生でも、仕様書を読む前にまず触ってみるほうが好きだった。触って、壊して、直す。その繰り返しで覚える。
それに、まだ試していないことが多すぎる。狭い場所で使ったらどうなるか。天井が低い場所では。壁に向かって出したら。角の先に流し込んだら。
ダンジョンで少しだけ分かったこともある。狭い空間だと煙が溜まる。広い空間だと散る。天井が低いと濃くなる。密閉に近い場所だとなかなか消えない。
条件によって結果が変わる。つまり、パラメータは存在している。ただ、調整する手段がまだ見つかっていないだけだ。
明日から廃墟帯で練習する。
旧市壁の廃墟帯。街の拡張で取り残された古い建物と壁の跡。人が来ない。狭い場所も広い場所もある。煙を撒いても誰にも迷惑がかからない。
やることは単純だ。何度も使って、出し方のコツを掴む。量の調整。方向の指定。形を作る。全部手探りで、一つずつ試す。
前の人生では、バグを直すのに何百回もテストを回した。同じことだ。仕様が分からないなら、触って調べるしかない。
ステータスを閉じた。
スキル四つ。魔法一つ。レベル5のシーフ。敏捷が飛び抜けて、MPは異常に高い。攻撃魔法なし。まだまだ頼りないステータスだ。
一人で生きていくために、早くレベルを上げたい。そのためにも(スモーク)を使いこなせるようになりたい。
それに――もっと深い階層に潜りたい。
1層と2層は、歩き慣れた道でしかない。道も敵も分かっている。その先に何があるのか、この目で見てみたい。
前の人生では、自分が作ったダンジョンの奥を、画面の向こうから眺めているだけだった。
今は違う。自分の足で行ける。
その気持ちだけは、生活のためとか、レベル上げとか、そういうのとは別のところにあった。
「明日から、やる」
声に出して言った。誰に聞かせるわけでもない。でも、口に出すと少しだけ本気になる。前の人生でもそうだった。
目を閉じる。ミニマップの線が薄く残っている。今日歩いたダンジョンの道。明日歩く廃墟帯の道はまだ白い。
明日からそこを、線で埋めていく。
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