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還らずの街のルート急便 ~過労死した元ゲーム開発者は「ミニマップ」と「煙魔法」で泥臭く成り上がる~  作者: わかば めぐる
第1章

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第5話 拳と煙

 数日が経っていた。


 あれからダンジョンでは(スモーク)を使っていない。ヨルグに怒られた記憶がまだ新しい。「場所を考えろ」。正しい。だから今は短刀だけで潜っている。


 廃墟帯で練習しようとは思っている。思ってはいるけど、まだ行っていない。配達とダンジョンで一日が終わると、つい後回しにしてしまう。


 前の人生でも、やろうやろうと思って先延ばしにする癖はあった。変わっていない。


 午後のダンジョン1層。いつもの通路を歩く。


 通路の先にミニマップで赤い点が二つ映った。ラット。いつも通り短刀で片付けて、魔石を拾って先へ進む。


 少し奥まで来たところで、ミニマップに白い点がひとつ映った。


 冒険者だ。1層には見習いも多いから珍しくない。気にせず進む。


 通路を曲がったとき、白い点の主が見えた。


 青い髪。


 小柄な背中が、通路の真ん中に立っている。その前にラットが一匹いた。


 アウロラが拳を振った。


 短く、鋭い動きだった。ラットの頭を正面から打ち抜く。一発。ラットが煙になって消え、魔石が転がった。


 速い。


 武器を持っていない。拳だけだ。なのに、ラットを一撃で沈めた。


 感心していると、ミニマップの赤い点がもう一つ動いた。横の通路から回り込むラット。アウロラの死角。


 アウロラが正面の魔石を拾おうとしゃがんだ瞬間、横から飛びかかろうとしている。


 僕は走った。三歩で距離を詰めて右手の短刀を振り、横から来たラットの首を裂いた。煙になって消える。


 アウロラが立ち上がってこちらを向いた。


「あんた」


「また会ったね」


「助けなくてよかったのに」


「もう倒しちゃった」


「……勝手ね」


 嫌そうではなかった。でも、ありがとうとは言わない。前と同じだ。


「一人?」


「見れば分かるでしょ」


「僕も一人」


「知ってるわよ。前もそうだったじゃない」


 覚えていてくれたらしい。蜂の巣の日のことを。


「どこまで行くの?」


「奥まで」


「僕もそっち」


 アウロラが少しだけ僕を見てから、肩をすくめた。


「じゃあ、勝手についてくれば」


 それが許可らしかった。


 並んで歩く。通路が少し広くなるあたりで、アウロラが前を歩き、僕が少し後ろについた。自然にそうなった。


 前衛が前で、索敵が後ろ。前の人生のゲーム知識が勝手に配置を決めている。


 少し歩いたところで、通路の先にミニマップで赤い点が三つ固まっているのが見えた。


「前に三匹いる」


「見えてるの?」


「なんとなく」


「なんとなくって……」


 まあいい、という顔でアウロラが前を向いた。


 角を曲がると、広めの空間にラットが三匹いた。こちらに気づいて、一斉に動き出す。


 アウロラが踏み込んだ。正面のラットに拳。一発で弾き飛ばす。左から来たラットに回し蹴り。小さな体からは想像できない重さだった。蹴られたラットが壁に叩きつけられて煙になる。


 でも三匹目がアウロラの右から回り込んでいる。


「煙、使ってみていい?」


「煙?」


 返事を待たなかった。


 (スモーク)


 白い煙が手のひらから噴き出して通路に広がる。三匹目のラットの前に煙が立ちこめた。


 ——のはいいんだけど。


「何も見えないんだけど!」


 アウロラの怒った声が煙の向こうから聞こえた。


「ごめん!」


 制御ができていない。出すだけで終わっている。狙ったところにだけ出すとか、薄く張るとか、そういうことが全然できない。ただ広がるだけの煙が、敵も味方も包んでいる。


 でも、僕にはミニマップがある。


 赤い点が一つ、煙の中でうろうろしている。三匹目のラットだ。位置は分かる。


 煙の中を三歩走って、赤い点に向かって短刀を振った。手応え。煙になって消えた。


 同時に、すぐ近くで「このっ!」という声と、殴打の音がした。アウロラが煙の中でも殴っていたらしい。


 しばらくして煙が薄れた。三匹とも倒れていて、魔石が三つ転がっていた。


 アウロラが煙を手で払いながらこちらを見た。髪に煙の匂いがついている。目が据わっている。


「何あれ」


「煙の魔法。最近覚えた」


「覚えたてなの?」


「うん」


「……練習してから使いなさいよ」


「ギルドでも怒られた」


「当たり前でしょ!」


 呆れた顔だった。でも、怒ってはいない。呆れているだけだ。


「でもあんた、煙の中で動けてたわよね。なんで?」


「勘……かな」


「ふーん」


 納得はしていない顔だった。でも、それ以上は聞いてこなかった。


 魔石を拾い上げて、二人で歩き出す。


「武器は使わないの?」


 僕が聞くと、アウロラが当然のように答えた。


「あたしモンクだから。拳と蹴りが武器なの」


 モンク。格闘系のジョブだ。武器を持たず、体術で戦う。


「あんたは?」


「シーフ」


「シーフ?」


 アウロラが僕の足元を見て、それから顔を見た。


「シーフにしては速くない? さっきの動き」


「配達で毎日走ってるから」


「ああ、あのとき荷物持ってたもんね」


 蜂の巣の日のことだ。やっぱり覚えている。


「毎日走ってるだけであんなに速くなるの?」


「五年走ってるからね」


「五年?」


「五歳からずっと」


「ふーん」


 また「ふーん」だった。でも今度は少し感心した顔が混じっていた気がする。


 アウロラの戦い方を近くで見て、改めて思う。


 この子、強い。


 拳の振りが速い。蹴りに体重が乗っている。小柄なのに、当たれば一撃でラットが沈む。それにバランスがいい。攻撃の後にすぐ次の構えに戻る。崩れない。


 同年代の見習いとしては明らかに上だ。あの三人組が依頼を押しつけようとした相手は、実は三人組よりずっと強い。


 たぶん本人は分かっている。分かった上で殴らなかった。あの日、堪えたのは弱いからじゃない。


 1層の端まで回って、ダンジョンの出口へ戻る。


 地上に出ると、午後の日差しがまだ残っていた。ギルドのほうへ並んで歩く。


「あんた、毎日来てるの?」


「午後はだいたい」


「じゃあ、また会うかもね」


「かもね」


「次は煙なしでお願い」


「善処します」


「善処って何よ。やるかやらないかでしょ?」


「じゃあ、やらない」


「最初からそう言いなさいよ」


 ギルドの前まで来たところで、少し迷ってから口を開いた。


「アウロラ」


 名前を呼ぶと、彼女は少しだけ顔をしかめた。


「長いのよ、それ」


「え?」


「ロラでいいわよ」


「ロラ」


「そう」


 それだけだった。短く、あっさりと。名前が縮まった瞬間は、思ったよりも軽かった。


「じゃあ、ロラ。また」


「また」


 手も振らない。振り返りもしない。青い髪が人混みの中に消えていく。


 一人で帰り道を歩いた。


 ロラ。拳と蹴りで戦うモンク。怯えない。礼を言わない。「ふーん」で流す。でも目はちゃんと見ている。


 友達、と呼べるかは分からない。でも、また会いそうな気がした。


 それと、煙の練習はやっぱり早いところ始めたほうがいい。人に迷惑をかけない場所で。


 明日こそ、廃墟帯に行こう。


 今度こそ。

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