第4話 青い髪の少女
数日後。
午前の配達は、たまにいつもと違う道を走ることがある。
今日は三件目の届け先が変わった。商業区を外れ、職人通りをさらに奥へ行った先にある染物屋。普段は行かない場所だ。
荷物を届けて銅貨を受け取り、帰り道を探す。来た道を戻ればいいんだけど、ミニマップに白い道が見えると、つい足が向く。配達少年の性分だ。知らない道は歩いておきたい。
路地を一本入ったところで、声が聞こえた。
「だからお前がやれって言ってんだよ」
男の声。少年の声、というほうが正しい。まだ声変わりしていない。
路地の奥を覗くと、三人と一人が向かい合っていた。
三人組は見習い冒険者だ。ギルドで見たことがある顔だった。僕より少し年上。たぶん十一か十二。三人とも腰に安い短剣をぶら下げている。
その前に立っていたのは、小柄な少女だった。
青い髪が肩の少し下で揺れている。背は僕より少し低いくらいだが、体の小ささに反して目つきが強い。怯えていない。怒っている。
三人組の一人が札を振っていた。ギルドの依頼札だ。
「蜂の巣の駆除なんてやってられねえよ。お前、暇そうじゃん。やっとけ」
「は? あんたたちが受けた依頼でしょ」
少女が言い返す。声が低い。怒りを抑えている声だった。
「別にいいだろ。見習いなんて誰がやっても同じだって」
「よくないわよ。自分で受けたなら自分でやりなさいよ」
「うるせえな。やれって言ってんだ」
三人組の真ん中の一人が、少女に詰め寄る。
少女は一歩も引かなかった。
拳を握っている。小さな拳だった。でも、握り方が本気だった。殴れる。殴りたがっている。でもギリギリ堪えている。
僕は荷物を抱えたまま、路地の入口に立っていた。
前の人生なら、関わらなかったかもしれない。他人のトラブルに首を突っ込むのは、会社員時代に散々懲りた。余計なことをすれば余計な仕事が増える。
でも、ここは前の人生じゃない。
それに、三人で一人を囲む絵は、単純に気に入らなかった。
「何してるんですか?」
荷物を抱えながら歩き寄った。
三人組がこっちを見る。荷物を抱えた小柄な少年。配達の途中だと一目で分かる格好だ。脅威には見えないだろう。
「関係ないだろ。あっち行けよ」
「蜂の巣駆除の依頼なら、受けた人がやるものじゃないですか?」
正論を言っただけだ。
真ん中の一人が顔をしかめた。
「だから関係ないって——」
「ギルドの依頼って、受けた本人が完了しないと実績にならないですよね?」
これは本当だ。ギルドに登録していれば誰でも知っていること。依頼を受けたのに別人にやらせたら、最悪の場合は依頼放棄で処分がつく。
三人組の顔が少し変わった。処分、という言葉が頭をよぎったのかもしれない。
少女がそのタイミングで畳みかけた。
「聞いたでしょ。さっさと自分たちでやりなさいよ」
拳はまだ握っている。でも声のほうが先に出た。
三人組は互いに顔を見合わせて、舌打ちをした。
「……覚えとけよ」
捨て台詞を残して、路地の奥へ去っていく。蜂の巣駆除に行くのか、それとも逃げるのかは分からない。
足音が遠ざかるのを待ってから、少女のほうを見た。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
即答だった。
少女が僕を見る。青い目。空の色に近い。さっきまでの怒りが少し残っているけど、こちらに向けたものではないらしい。
「あんたこそ何よ。配達中でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「だったら行きなさいよ。遅れるわよ」
「……もう終わったから大丈夫」
「じゃあ暇なの?」
「暇じゃないけど」
「どっちよ?」
面白い子だなと思った。
助けてくれてありがとう、とは言わない。そもそも助けられたと思っていないんだろう。自分でなんとかできた。たぶんそう思っている。
実際、殴っていたら三人組に勝てたかもしれない。あの拳の握り方は素人のものじゃなかった。
「僕はルート」
名乗ったのは、なんとなくだった。この子の名前が知りたかった。それだけだ。
少女が少しだけ間を置いて答えた。
「アウロラよ」
「アウロラ」
「そう」
それだけだった。握手もしない。笑顔もない。名前を交換しただけ。
「じゃあ、僕は行くね」
「行きなさいよ」
荷物を抱え直して、路地を出た。
走り始める。午後のダンジョンへ向かう道。いつもの道。
走りながら、さっきの青い髪を思い出す。
怒っていた。でも、怯えていなかった。三人に囲まれて、一歩も引かなかった。あの目は強い。
前の人生では、ああいう目をした人は少なかった。会議室で「それはおかしいと思います」と言える人間は、あまりいなかった。みんな空気を読んで、黙って、流す。
あの子は流さない。たぶん、そういう子だ。
名前だけ知った。アウロラ。青い髪。小柄で、拳が強くて、礼を言わない。
また会うかどうかは分からない。でも、なんとなく会いそうな気がした。
この街はそんなに広くない。走り回っていれば、どこかでまた顔を合わせる。
そう思いながら、僕は午後のダンジョンへ向かった。
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