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還らずの街のルート急便 ~過労死した元ゲーム開発者は「ミニマップ」と「煙魔法」で泥臭く成り上がる~  作者: わかば めぐる
第1章

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第24話 三日間

 三日後には出発だ。やることが多い。


 一日目の朝、いつもの配達を済ませてから武器屋へ向かった。商業区の大通り沿い、剣と盾の絵が描かれた看板の店で、入るのは初めてだった。


 今まで安物の短刀しか使ったことがない。初めて買ったそれは銅貨数枚の中古品だった。攻撃力8、耐久15。それを二本持って、ダンジョンを走り回っていた。


 5層のボス戦を思い出す。尻尾の一撃。胴体に直撃して壁に叩きつけられて、アバラが折れた。あれがもう少しずれていたら、内臓をやられていたかもしれない。あの時の革鎧は安物で、一撃で裂けた。何の役にも立たなかった。速さで避けるのが基本でも、当たる時は当たる。当たった時に生き残れるかどうかは装備で変わる。今後はしっかり防御も考えないと。


 店に入ると壁一面に武器が並んでいた。剣、槍、斧、弓。その片隅に短刀の棚があった。一本ずつ手に取ると鑑定が浮かぶ。


 短刀(並)

 攻撃力:12

 耐久:25/25

 材質:鉄

 マテリア枠:0


 悪くない。今の短刀より良い。でも、もっと上がある。隣の短刀を取る。


 短刀(業物)

 攻撃力:22

 耐久:40/40

 材質:鋼鉄

 マテリア枠:1


 手に持った瞬間に分かった。重さが違う。刃の鋭さが違う。今まで使っていた安物とは、物が違う。攻撃力22、前の三倍近い。


 それと、見慣れない表示がある。「マテリア枠:1」。前の短刀にはこの表示がなかった。魂格昇華で《表示展開》の精度が上がったのかもしれない。マテリアを一つ嵌められるということだろう。他の短刀も確認すると、安い短刀はマテリア枠が0、少し高い短刀は1、もっと高い物は2と、値段と枠の数が比例していた。


 業物の短刀を二本選んで、店主に金貨二枚を渡した。


「お客さん、若いのにいい目してるね。うちの業物を選ぶとは」


「ありがとうございます」


 次は防具屋だ。隣の店でライトアーマーを選んで手に取ると、鑑定が浮かんだ。


 ライトアーマー(硬革製)

 防御力:18

 耐久:35/35

 材質:硬化革

 重量:軽

 マテリア枠:1


 防御力18。前の安物は5か6だった。三倍だ。これなら、あの尻尾をまともにくらっても、少なくとも内臓は守れるかもしれない。マテリア枠も1で、防具にもマテリアを嵌められるらしい。金貨一枚。


 最後に雑貨屋で旅用品を揃えた。寝袋、水筒、携帯食料、替えの包帯、刃油。今までクルヌガルドから出たことがないから、野宿の道具なんて一つも持っていなかった。一週間の馬車旅と三ヶ月の村暮らしに必要な物を一通り揃えると、金貨一枚弱。


 合計、金貨約四枚。5層ボスの報酬から出したが、まだ少し残っている。


 午後、エリアナの店に向かった。


 裏路地の奥。苔の壁。古い扉。


「すみません」


「どうぞ」


 中に入る。薬草と埃が混ざったような、いつもの落ち着く匂い。


「エリアナさん。三ヶ月、街を離れます」


「……何があったの?」


「ギルドにバレました。3層以深に行っていたこと」


 エリアナの表情が一瞬変わった。普段の穏やかな顔に、ほんの少しだけ緊張が走る。すぐに戻ったけど、僕は見逃さなかった。


「魔石のことは?」


「言っていません。持っていない、交換できない、とだけ」


「……そう」


 エリアナが小さく息を吐いた。僕が黙っていたおかげで、エリアナが見習いの違反魔石を買い取っていたことはギルドに知られていない。口を割っていたら、この店にも調べが入っていたはずだ。


「ありがとう、と言うべきかしら」


「取引ですから」


「……そうね」


 魔法袋を取り出してカウンターに置いた。


「これ、返します。三ヶ月使えないので」


 エリアナが袋を見て、それから僕を見た。手を伸ばして、魔法袋をこちらに押し戻した。


「持っていきなさい」


「え? でも——」


「あなたが黙っていてくれたおかげで、私は今も商売ができている。袋一つ貸すくらい、安いものよ」


「……ありがとうございます」


「三ヶ月後に返しなさい。利子はつけないわ」


「それと、一つ忠告」


 エリアナの声のトーンが変わった。


「その魔法袋、人前では見せびらかさないで」


「見せびらかしませんよ」


「見せびらかさなくても、荷物が袋一つしかなければ怪しまれるわ。一週間の旅で荷物が小さな袋一つ。普通じゃないでしょう」


「……確かに」


「背負い袋を一つ買いなさい。中身は適当でいいから、荷物を持っているように見せるの。魔法袋は服の下に隠しなさい」


「そこまで必要ですか?」


「魔法袋は大金貨何枚もする代物よ。持っていると分かったら、冒険者でも襲われることがある。ましてあなたは子供。下手すると殺されるわ」


 冗談ではない目だった。


「……買います。背負い袋」


「そうしなさい」


「エリアナさん。前に言っていたマテリアって、どんなものなんですか?」


「装備に融合して強化するアイテムよ。属性を付けたり、能力を底上げしたり」


「融合に失敗することはあるんですか?」


「あるわ。装備には融合できる限界があるの。超えると装備が壊れる。限界が分からないまま欲張って、武器を壊す人が後を絶たないわ」


 限界が分からないまま壊す。でも僕には見える。マテリア枠。今日買った短刀は枠が1、ライトアーマーも1。その数字を超えなければ壊れない。それが見えるのは、たぶん僕だけだ。黙っておこう。


「帰ってきたらマテリアを見に来なさい。いいのを取っておいてあげるわ」


「有料ですよね?」


「当然よ」


 エリアナが最後に言った。


「訓練は続けなさい。朝と寝る前。どこにいても」


「はい」


「《魔力操作》は場所を選ばないわ。ダンジョンがなくても鍛えられる。三ヶ月を無駄にしないで」


「はい」


 立ち上がって店を出ようとした。


 その時、右頬に何かが触れた。温かい。柔らかい。ほんの数秒、何かが頬に寄り添って、離れていった。


 振り返る。何もない。エリアナがカウンターの奥にいるだけだ。棚の瓶。古い箱。天井のランプ。何もいない。


「……今、何か」


「何もないわよ」


 エリアナの声は穏やかだった。でも口元が少しだけ緩んでいた。前に見た光の玉。あの気配に似ている。でもエリアナが「何もない」と言うなら、今は何もない。


「行ってきます」


「ええ。行ってらっしゃい」


 エリアナが「行ってらっしゃい」と言ったのは、初めてだった。


 店を出た。頬にまだ温もりが残っている気がした。


 帰りに雑貨屋で背負い袋を一つ買った。安物でいい。着替えと布を適当に詰めて、魔法袋は服の下、腰の内側に隠した。小さいから外からは見えない。見た目は荷物を背負った普通の旅人。本当の荷物は全部魔法袋に入っている。


 二日目。


 午後、ダンジョンに行った。最後のダンジョンだ。三ヶ月間、ここには入れない。


 2層を歩いていると、ミニマップに青い点が映った。ロラだ。通路を曲がると、青い髪が見えた。ラットを殴り飛ばしているところだった。


「あんた、今日も来てるの?」


「うん。最後だから」


「最後?」


 一緒に少しだけ回った。いつものように、ロラが前で僕が後ろ。ラットを何匹か倒して、魔石を拾って。


 帰り際、ギルドの前で言った。


「ロラ。しばらく街を離れる」


「……は?」


「都市外の依頼で。三ヶ月くらい」


「三ヶ月!?」


 ロラの声がギルドの前に響いた。何人かの冒険者がこっちを見る。


「いつ出るの?」


「明日」


「明日!? 今言うの!?」


「……ごめん」


「ごめんじゃないわよ」


 ロラが少し黙った。拳を握って、開いて。握って、開いて。


「……怪我しないでよ」


「うん」


「ご飯ちゃんと食べなさいよ」


「うん」


「四時間睡眠禁止よ」


「……善処します」


「善処じゃなくて約束しなさい」


「約束する」


 ロラが僕を見た。青い目。怒っているのか心配しているのか、たぶん両方だ。


「……行ってらっしゃい」


 小さく。さらっと。目を合わせずに。


「行ってきます」


 ロラが歩いていく。青い髪が人混みの中に消えていく。振り返らない。いつも通り。


 その後、廃墟帯に行った。カイがいた。いつものように木剣を振っている。ぶん、ぶん、ぶん。規則正しいリズムだ。瓦礫の上に座って、しばらく黙って見ていた。木剣の音が心地よかった。何ヶ月もここで聞いてきた音だ。


「カイ。しばらくここに来れない」


「そうか」


「三ヶ月くらい。街の外に行く」


「そうか」


 カイは木剣を止めなかった。振り続けている。


「帰ったらまた来る」


「ああ」


 立ち上がって帰ろうとした時、カイが言った。振り向かずに。木剣を振りながら。


「強くなって帰ってこい」


「……うん」


 廃墟帯を出た。夕暮れの街。明日、ここを離れる。


 三日目。出発の朝。


 夜明け前に目が覚めて、寝台に座って最後の訓練をした。目を閉じる。胸の奥の魔力を感じ、右手へ、左手へ、胸に戻す。三ヶ月間、どこにいてもこれは続ける。エリアナとの約束だ。


 立ち上がって、新しいライトアーマーに袖を通した。硬化革の感触。前の安物とは全然違う。体にフィットして、動きを邪魔しない。それでいて硬い。拳で叩くと鈍い音がする。これなら少しは安心できる。短刀を二本腰に差して左右の重さを確認した。前の短刀より少し重いけど、いい重さだ。鋼鉄の刃。握り直すと、手に馴染む。


 背負い袋を背負う。中身は適当な着替えと布で、本当の荷物は服の下の魔法袋に全部入っている。刃油、旅用品、寝袋、携帯食料。部屋半分入る魔法袋の容量は伊達じゃない。


 小屋を出た。明け方の冷たい空気が肺に刺さる。いつもの道を歩く。いつもの石畳。いつもの匂い。でも今日は、この道を歩くのが最後だ。三ヶ月間。


 ギルドの前に着いた。入口の前に、二人の姿があった。


 男は暗い金色の髪。砂色に近い。短く刈っているが、少し伸びかけている。目は青灰色で、疲れた目だった。寝不足というより、長い間何かを背負ってきたような疲れ方だ。がっしりした中背で肩幅が広く、腰にメイスを差している。冒険者としては普通の体格だけど、ヒーラーには見えない。でも手だけがきれいだった。指が細くて傷が少ない。体はメイスを振る人間の体なのに、手だけが別人のようだった。


 女は濃い茶の髪を一本に束ねている。無造作だけど邪魔にならない結び方で、慣れている。深い茶の目。獣人だった。耳の先が少し尖っていて、犬歯が普通より長い。狼系だろうか。がっしりだがしなやかな体で、僕より頭一つ以上大きい。腕に筋が浮き、手には剣だこがある。何年も両手剣を振ってきた手だ。その両手剣が背中に背負われていて、柄が肩の上から覗いている。腕を組んで、つまらなそうな顔をしていた。


 二人がこちらを見た。女の方——ナディアが先に口を開いた。


「お前がヨルグの言ってたポーターか」


「はい。ルートです。よろしくお願いします」


「子供じゃないか。いくつだ」


「十一です」


「十一。……ヨルグのやつ、何考えてんだ」


 男の方——ディルクが穏やかな声で言った。


「ヨルグが頼んできたんだ。事情があるんだろう」


「事情って。ガキのお守りが仕事じゃないだろ」


「まあ、そう言うな」


 ディルクが僕を見た。疲れた目。でも冷たくはない。値踏みしているような目だった。


「ルートか。俺はディルク。こっちがナディア」


「よろしくお願いします」


「ああ。よろしく」


 ナディアは「よろしく」とは言わなかった。腕を組んだまま、つまらなそうにこちらを見ている。厄介者を押し付けられたと思っているのだろう。ヨルグから面倒な荷物がくっついてきた、くらいの認識だろう。


 文句は言わない。言う立場じゃない。ルールを破ったのは僕だ。ポーターとして黙ってついていく。それだけ。


 乗合馬車が待っていた。ギルドの裏手の広場に、幌をかけた大きな荷馬車が止まっている。他にも乗客が何人かいる。商人らしき男、旅人の夫婦、荷物を抱えた老人。


 ディルクが馬車に乗る前に、僕に言った。


「道中の段取りを説明しておく」


「はい」


「俺とナディアは馬車の周りを歩いて警備する。お前は馬車の上で荷物を守れ。積み荷に手を出す奴がいないか見張るのがお前の仕事だ」


「分かりました」


「馬の休憩中は交代だ。俺たちが休む間、お前が周囲を警戒しろ」


「はい」


「道中、魔物が出ることがある。ゴブリンやウルフだ。だが手を出すな。俺たちが片付ける。お前は見ていろ」


「……はい」


「ポーターの仕事は荷物を守ることだ。それ以外はするな」


 短い。明確。無駄がない。ディルクの声は穏やかだけど、指示に迷いがなかった。慣れている。何度もこういう仕事をしてきた人の話し方だ。


 荷台に乗り込んで、背負い袋を横に置いた。ナディアが馬車の右側を歩く位置についた。ディルクが左側。


 馬車が動き出した。


 クルヌガルドの街が、ゆっくりと遠ざかっていく。城壁が見える。門が見える。門の向こうに、街の建物が並んでいる。ギルドの屋根。商業区の看板。その奥の、見えないけど確かにある、貧民街の小屋。裏路地の奥の古い扉。崩れた壁の廃墟帯。


 生まれて初めて、この街を離れる。


 ロラの声が聞こえる。「行ってらっしゃい」。小さく。目を合わせずに。カイの声が聞こえる。「強くなって帰ってこい」。振り向かずに。木剣を振りながら。エリアナの声が聞こえる。「行ってらっしゃい」。穏やかに。少しだけ口元を緩めて。


 右頬に、まだ温もりが残っている気がした。


 三ヶ月後に帰ってくる。

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