第23話 ギルドカード
翌日の午後、いつもの配達を終えてそのままギルドへ足を向けた。カードの更新だ。しばらく放置してしまっていた。最後に更新したのはいつだったか。Lv5か6の頃だと思う。
ギルドの中はいつも通りだった。掲示板の前に冒険者が群がり、買い取り所に短い列ができていて、受付のカウンター前にも何人か並んでいる。列の最後尾につき、順番を待った。
やがて順番が回ってくると、見覚えのある顔が笑顔で迎えてくれた。いつもの受付嬢だ。
「いらっしゃい。今日はどうしましたか?」
「カードの更新をお願いします」
「はい。鑑定ストーンに当ててくださいね」
カウンターの上に小さな石板がある。鑑定ストーンだ。ここにカードを置くと、現在のレベルとジョブが更新される仕組みになっている。ギルドカードを取り出した。表面に刻まれた文字。
ルート
シーフ Lv5
最後に更新した時のままだ。あれからかなり経っている。
カードを鑑定ストーンの上に置くと、石板が淡く光り、カードの文字が書き変わっていく。受付嬢が画面を確認した。
笑顔が止まった。
「……少々お待ちください」
「何かありましたか?」
「お待ちくださいと申しましたので、お待ちください」
笑顔のまま、目が笑っていなかった。受付嬢がカウンターの奥に消えていく。何かを確認しに行ったのか、誰かを呼びに行ったのか。嫌な予感がした。
カードを見ると、文字が書き変わっている。
ルート
シーフ Lv10
Lv5からLv10。一気に五つ上がっている。しばらく更新していなかったから、当然だ。当然なんだけど。Lv5の見習いが、次に更新したらLv10。それは、どう見ても普通じゃない。
数分待った。受付の列は進んでいくのに、僕だけカウンターの端で取り残されている。周りの冒険者が不思議そうにこちらを見ていた。
足音が聞こえた。カウンターの奥から、見覚えのある顔が出てきた。
ヨルグだった。
腕を組んでいない。表情が平坦で、怒っているのか冷静なのか、感情がまったく読み取れない。煙の時とも違う。あの時は呆れた顔をしていたが、今は何の表情もない。それが一番怖かった。
「ルート。こっちに来い」
短い。事務的。いつものヨルグだ。でも声のトーンが低い。
カウンターの横の扉から奥の通路へ。ギルドの事務室が並んでいる一角の、その一つに通された。小さな部屋だった。机が一つ、椅子が二つ、窓はない。ヨルグが先に座った。僕に座れとは言わなかった。立ったまま、向かい合う。
「カードを見た」
「……はい」
「Lv5からLv10。一気に五つ」
「しばらく更新していなかったので……」
「それは分かっている」
ヨルグの目がまっすぐこちらを向いた。
「1層と2層だけで、Lv10にはならない」
心臓が縮んだ。来た。分かっていた。カードを更新した時点で、こうなることは分かっていた。Lv5からLv10への跳ね方は、1層と2層では説明がつかない。
「お前、2層より先に行っているだろう」
沈黙。目が泳ぎそうになるのを必死で堪えた。煙の時は挙動不審で即バレした。今回は、もう少し持ちこたえたい。
持ちこたえられなかった。
「…………はい」
「どこまで行った?」
「…………5層です」
ヨルグが黙った。煙の時より沈黙が長い。机の上に置かれたヨルグの手が、微かに動いた。
「ボスは」
「……倒しました」
「ソロでか」
「……はい」
また沈黙。ヨルグが息を深く吐いた。
「魔石は」
「持っていません」
「持っていない? 5層まで行って、魔石が一つもないのか」
「交換できないので」
嘘は言っていない。見習いが3層以深の魔石をギルドに出したら、どこで手に入れたか聞かれる。規則違反が発覚する。だからギルドには出せない。エリアナに全部渡した。でもそれは言わない。
ヨルグは僕の顔をじっと見ていた。嘘を探す目。でも嘘ではない。全部本当のことだ。全部を言っていないだけで。
「……分かった」
ヨルグが目を閉じた。数秒。開いた時には、少しだけ表情が変わっていた。怒り。でもそれだけじゃない。もっと複雑な何かが混じっている。
「言いたいことがいくつかある」
「はい」
「まず。十二歳未満でLv10を超えた人間は、過去にいないわけじゃない。珍しいが、前例はある。そこは問題ない」
そうなのか。少しだけ、肩の力が抜けた。
「問題は、ルールを破ったことだ」
肩の力が戻った。
「見習いの単独は2層まで。お前はそれを破って3層以深に潜った。何度も。長期間」
「……はい」
「仮にここでお前を処分したとする。登録停止なり、罰則なり。それ自体は当然だ。ルールを破ったんだからな」
「はい」
「だが、問題はそこじゃない」
ヨルグが僕を見た。
「お前を処分したら、『ルールを破ってLv10になった見習いがいる』という話が広まる」
「……」
「他の見習いが真似するかもしれない。お前のように深い層に潜れば、自分もレベルが上がると思って」
「……」
「お前には何かがある。勘が良いのか、運が良いのか知らないが、それで生き延びた。だが他の子にはそれがない。深い層に一人で行ったら、死ぬ。確実に死ぬ」
ヨルグの声が低くなった。
「お前にはその自覚が足りない」
重かった。
自分が生き延びたことしか考えていなかった。自分が強くなったことしか見ていなかった。それを他の見習いが見たら。「あいつにできたなら」と思う子がいたら、その子は帰ってこないかもしれない。
「死んだら誰も助けに行けない」
ヨルグが言った。前にも聞いた言葉だ。でも今回は響き方が違う。「誰も助けに行けない」。それは僕の話だけじゃない。僕を真似した子の話でもある。
「……すみませんでした」
頭を下げた。今度は心から。
ヨルグはしばらく黙っていた。
「ギルドのルールでは、Lv10を超えている人間なら、十二歳未満でも正式登録して構わない」
顔を上げた。
「ただし、今回は適用できない。違反しながらのレベルアップだ。正規のルートで上がった数字じゃない。これをそのまま認めたら、ルール違反を追認したことになる」
「……はい」
「しばらくの間、ダンジョンに入ることを禁止する」
予想はしていた。でも、口に出されると堪えた。ダンジョンは僕の生活の半分だ。午後のダンジョン。夜勤の3層、4層。全部なくなる。
「その期間に一つ依頼を受けてもらう」
「依頼?」
「都市外の依頼だ。街の外に出る」
街の外。クルヌガルドの外。生まれてから一度も出たことがない。
「ここから乗合馬車でいくつかの村を経由して、大体一週間の距離にある村だ」
「一週間……」
「その村で、ゴブリンや魔獣の被害が頻発している。収穫期までの間、村の警備をする依頼だ。期間は三ヶ月。報酬は普通に出す」
ゴブリン。魔獣。ダンジョンの中ではなく、外の敵。
「ダンジョン禁止の期間を、『都市外の依頼で出ていた』という形にする。処分ではなく、依頼として処理する。辻褄を合わせるためだ」
なるほど。処分として記録が残れば「ルールを破った見習い」の前例になる。でも依頼として処理すれば、ルートが都市外のクエストに出ていただけに見える。
「断ればどうなりますか?」
聞いてから、聞かなければよかったと思った。ヨルグの目が少し細くなった。
「お前が二度と冒険者登録できなくなる。ここ以外でもな」
「……」
「いや、待てよ」
ヨルグが腕を組んだ。何かを考えている顔。いや、考えるふりをしている顔だった。たぶん。
「ここでお前の冒険者資格を剥奪すれば、お前はもう無茶なことをしないで済む。長生きできる」
「え」
「ギルドは見せしめにできる。体制も保てる。見習いたちはそれを聞いてビビって、無茶しないから死なない」
ヨルグが僕を見た。真顔だった。
「みんな幸せだな」
「やります」
「……」
「やります。やらせてください」
「最初からそう言え」
ヨルグの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。ほんの少しだけ。すぐ戻ったけど。
「一人だと村全体は見れない。信頼できる二人を紹介する」
「信頼できる……ですか」
「俺が信頼している」
ヨルグの目が真剣だった。「信頼」という言葉を軽く使う人じゃない。この人が信頼していると言うなら、本当に信頼できる人間なんだろう。
「ディルクとナディア。二人組のPTだ」
「二人組……」
「信頼できる冒険者だ。お前はポーターとしてこの二人に同行しろ」
「ポーター?」
「荷物持ちだ。冒険者としての同行じゃない。ダンジョン禁止中のお前が依頼を受けるわけにはいかないからな」
ポーター。荷物持ち。Lv10でソロで5層ボスを倒した人間が、荷物持ち。でも文句は言えない。ルールを破ったのは僕だ。
「形としてはポーターだが、しっかり働け。ゴブリンや魔獣が出るんだ。荷物を持って突っ立っているだけじゃ済まない」
「……はい」
「出発は三日後。準備をしておけ」
「はい」
「それと」
ヨルグが立ち上がった。
「二度とルールを破るな。次は庇えない」
「はい」
「行け」
部屋を出た。
ギルドのロビーを歩く。掲示板、冒険者たち、いつもの風景。でも、三ヶ月はここに来られない。ダンジョン禁止。都市外クエスト。村の警備。三ヶ月間、ポーターとして。
ゴブリンや魔獣。ダンジョンの中の敵しか知らない。外の敵はどう違うんだろう。ディルクとナディア。知らない名前だ。でもヨルグが信頼していると言った。乗合馬車で一週間、いくつかの村を経由して遠い村まで。生まれて初めてクルヌガルドの外に出る。
ギルドを出た。午後の日差し。
三日後に出発。三ヶ月の間、この街を離れる。ロラにもカイにも会えなくなる。エリアナの店にも行けなくなる。三日間で、やることがある。装備を更新する。短刀を新しくする。エリアナに挨拶をする。魔法袋を返す。ロラとカイに、行ってくると言う。
三ヶ月。長い。
でも、自分が招いたことだ。ルールを破った。その結果を受け入れる。
ヨルグの言葉が頭に残っている。「お前にはその自覚が足りない」。
その通りだと思った。自分のことしか考えていなかった。強くなりたい。深い層に行きたい。それだけ考えて、走ってきた。でも、この街には他の見習いもいる。僕を見ている子もいるかもしれない。その子たちが同じことをしたら、帰ってこないかもしれない。
死んだら誰も助けに行けない。
それは僕だけの話じゃない。
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