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還らずの街のルート急便 ~過労死した元ゲーム開発者は「ミニマップ」と「煙魔法」で泥臭く成り上がる~  作者: わかば めぐる
第1章

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第20話 ボス戦前夜

 煙の壁が、ようやく安定してきた。


 廃墟帯での練習を毎日続けている。最初は五秒が限界だったのが、今では十秒以上保てるようになった。いい時は十五秒。まだ崩れることはあるけれど、精度は確実に上がっている。


 コツが分かってきた。器を決める時、壁の「厚み」までイメージすることが大事だ。薄すぎると一瞬で散る。厚すぎると魔力を無駄に使う。ちょうどいい厚さは手のひら一枚分くらい。それをイメージしてから魔力を注ぐと、保ちが良くなる。


 夜勤でも実戦で試している。4層の通路でラットの前に煙の壁を立てて、視界を切って、横から回り込んで仕留める。完璧じゃない。崩れることもあるし、タイミングがずれることもある。でも「使える」場面が確実に増えてきた。


 壁はできる。


 幕はまだだ。天井に薄く広げて、バットの視界を切るためのもの。何度か試しているけれど、天井に張りつかずに煙が散ってしまう。壁は「立てる」だけでいい。でも幕は「張る」。もっと薄く、もっと広く、もっと正確に。今の《魔力操作》では足りない。もう少し鍛えないと。


 それでも、壁だけでもないのとあるのでは全然違う。一枚の壁で場面を切り替えられる。視界を奪える。位置を変えられる。ダンジョンでの戦い方が、根本から変わった。


 ある日の午後、配達を終えてからエリアナの店に向かった。


 魔石とドロップ品を預けていつもの取引を済ませる。帳面に書き込んで、代金を計算して。何十回と繰り返した手順だ。


 取引が終わった後、エリアナが帳面を閉じながら聞いた。


「今レベルいくつ?」


 唐突だった。エリアナがレベルを聞いてくることは、あまりない。


「9です」


「そう」


 エリアナが少し間を置いた。


「じゃあ次で魂格昇華ね」


「魂格昇華?」


 聞いたことのない言葉だった。


「レベルが10の倍数に上がった時に起きるの」


 エリアナがカウンターに肘を置いてこちらを見た。


「体が変わるわ。力も速さも耐久も、全部が一段上がる。今まで苦戦していた相手が楽に感じるようになる。今の体とは別物よ」


「別物……」


「冒険者にとって一番大きな節目。10、20、30。レベルが10の倍数に上がるたびに、魂の格が上がるの。だから魂格昇華と呼ばれているわ」


 前の人生のゲームで言うジョブチェンジに近いのかもしれない。ステータスの数字が上がるだけじゃなく、キャラの「格」が変わる。質的な変化だ。


「起きる時に、少し酔ったような感覚があるわ」


「酔った?」


「体に違和感が出るの。ふらつく。地面が揺れているような感じ。でもすぐ慣れる。数分で収まるわ」


「それと」


 エリアナが少し声のトーンを変えた。


「魂格昇華の時に、ジョブの特性に合ったスキルが生まれることがあるわ」


「ジョブ特性のスキル?」


「体の格が変わるから、ジョブとの親和性が一段上がるの。シーフならシーフらしいスキルが。ソードマンならソードマンらしいスキルが。必ずではないけど、Lv10の魂格昇華では高い確率で」


 シーフらしいスキル。


 一つだけ心当たりがある。《隠密》。シーフなのにずっと持っていなかったスキルだ。もし魂格昇華で手に入るなら——聞いてみたかったけど、やめた。来るかどうかは分からない。期待しすぎると、来なかった時につらい。


「あなた、5層に行くつもりでしょう」


 エリアナが言った。


「……」


「顔に出てるわよ」


 バレている。4層に慣れた。煙も使えるようになってきた。5層のボスを意識していないわけがない。


「忠告はしないわ。あなたは言っても聞かないもの」


「聞きます。聞いた上で自分で決めます」


「……それが一番厄介なのよ」


 エリアナが少しだけ笑った。商人の笑顔ではない。もっと柔らかい、別の顔だ。一瞬で戻ったけど。


「5層のボスは、新人が三人から五人で挑むものよ。ソロで行くようなところじゃないわ」


「……そうですか」


「そうよ。でもあなたは行くんでしょう」


「はい」


「無理はしないでね」


 何度目かの忠告だ。でも「行くな」とは言わない。この人は止めない。情報を渡して、判断は任せる。


「ありがとうございます」


「お礼はいらないわ。情報の分はもう大金貨で受け取っているもの」


 商人に戻っていた。


 店を出た。


 その夜、4層に潜った。夜勤の日だ。今夜は煙を積極的に使う。5層ボスに挑む前の最終テストのつもりだった。


 通路の分岐に、ミニマップで赤い点が左右に一つずつ映った。


 左の分岐に煙の壁を立てる。


 (スモーク)


 白い壁が通路を塞いだ。左からのラットの視界が切れる。右の一匹を短刀で仕留めてから、壁が崩れる前に左のラットも処理した。


 成功。壁は十二秒保った。十分だった。


 先に進むと、広い空間に出た。3Dマップに赤い点が三つ。地上に二つ、天井に一つ。ラット二匹とバット一匹だ。


 天井のバットの視界を切りたい。煙の幕を天井に張ろうとする。


 (スモーク)


 煙が上がるが、天井に張りつかず散ってしまう。薄く広がって、すぐに消える。


 幕はまだ駄目だ。


 仕方ない。壁で対処する。ラットとバットの間に壁を立てて、ラットを先に片付ける。


 (スモーク)


 壁が立った。ラット二匹を短刀で処理し、壁が崩れた。バットが急降下してくる。3Dマップで位置は分かっている。タイミングを合わせて避けて、着地を突く。


 倒した。


 壁はできる。幕はまだ。一枚の壁を十〜十五秒保つのが今の限界だ。でも5層ボスに対して「使えない」わけじゃない。一枚の壁でも場面を選べば戦況を変えられる。


 4層を回りながら、5層のことを考えていた。


 5層はボス階だ。一の位が5の層には小ボスがいる。ギルドの掲示板に書いてある常識で、ボス部屋に直行できない。分岐、罠、通常モンスターを全部越えてから辿り着く。


 ボスの種類は分からない。5層に何がいるか情報がなく、聞ける相手もいない。3層以深に行っていること自体が秘密だから。でも、待っていても情報は増えない。行って確かめるしかない。


 ミニマップがある。3Dマップもある。退路は確保できる。危なくなったら逃げればいい。煙の壁が使える。短刀が二本。敏捷46。MP185。


 Lv9で5層ボスに挑む。新人が三人から五人で挑む相手に、一人で。


 無謀だと思う。言わなかっただけで、エリアナもそう思っているだろう。


 でも、怖くないかと聞かれたら、怖い。恐怖よりも、見たい気持ちが強い。5層の先に何があるのか。ボスがどんな敵なのか。魂格昇華で体がどう変わるのか。全部、自分で確かめたい。


 早朝、4層から帰還した。


 小屋に帰って寝台に座り、短刀を二本確認した。刃の状態、革紐の締まり、左右の重さ。明日の夜、5層に行く。


 ステータスを開く。Lv9。あと一つだ。


 次のレベルアップで体が変わる。魂格昇華。冒険者にとって一番大きな節目。前の人生では、こういう瞬間は画面の向こう側だった。光のエフェクト、ファンファーレ、ステータスの数字が跳ね上がる瞬間を作る側だった。今度は自分がそれを体験する。


 目を閉じる。


 魔力を感じる。胸の奥。静かな流れ。それを右手へ。左手へ。胸に戻す。


 明日の夜のために、今日できることをやる。いつもと同じだ。やることは変わらない。

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