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還らずの街のルート急便 ~過労死した元ゲーム開発者は「ミニマップ」と「煙魔法」で泥臭く成り上がる~  作者: わかば めぐる
第1章

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第19話 煙の壁

 エリアナの指導が終わってから、数週間が経った。


 毎日の訓練が、前とは全く違うものになっていた。


 朝。目が覚めたら寝台に座る。目を閉じる。体の奥に意識を向ける。胸の真ん中。自分の魔力がある。微かだけど、確かにある。


 それを動かす。胸から右手へ。吐く息と一緒に。


 最初は百回に一回しか動かなかった。それが十回に一回になり、三回に一回になり、今はほぼ毎回動く。まだ不安定だけど、「動く」のが当たり前になりつつある。


 夜も同じ。寝る前に座って、魔力を動かす。右手へ。左手へ。胸に戻す。繰り返す。


 たまにエリアナの店に行って、魔力感知で見てもらう。


「前より動きが大きくなってるわ」


「本当ですか?」


「方向も安定してきた。もう少し強く押せるようになったら、次の段階ね」


 具体的なフィードバック。自分では気づかない変化を、エリアナの目が拾ってくれる。


 その日、フィードバックを受けている最中だった。


 目を閉じて、魔力を右手に集中させている時。


 視界の端に、また光が見えた。


 店の棚の奥。前と同じ場所。小さな光の玉。


 前回は一瞬で消えた。エリアナの魔力を受けている最中で、はっきりしなかった。


 今回は違う。数秒間、見えている。小さくて、淡くて、ふわふわと漂っている。光というより、光を含んだ何か。そこに「いる」という感じがする。


 目を開けて棚の奥を見た。何もない。薬瓶と古い箱が並んでいるだけ。


 目を閉じる。魔力に意識を向ける。


 いる。


 同じ場所に、小さな光が浮かんでいる。


 前回より鮮明に見える。魔力を感じ取る力が上がっているからだろうか。目を閉じていても、魔力を通して「見える」ものがある。


 エリアナの方を目を開けて見た。


 エリアナは僕の視線に気づいていた。棚の奥を見たことも。何も言わない。少しだけ微笑んだ。


 聞きたい。あそこにいるのは何だ。


 でも、前回「気にしないで」と言われた。今回も聞かない方がいいんだろう。エリアナが話すべきだと思った時に、話してくれる。この人はそういう人だ。


「今日はここまで。良い感じよ」


「ありがとうございます」


「お礼はいらないわ。サービスだもの」


 店を出た。


 あそこに何かがいる。小さな光の玉。エリアナの近くに。


 いつか分かる日が来るだろう。今は自分の練習に集中する。


 それからさらに数日が経った、ある朝のことだった。


 いつものように寝台に座って、目を閉じて、魔力を動かす。


 胸の奥から右手へ。吐く息と一緒に。


 今日は、違った。


 いつもは「押す」感覚だった。胸にあるものを、意識の力で右手に押し出す。力が要る。集中が要る。少しでも気を抜くと止まる。


 今日は「流れた」。


 押していない。イメージしただけで、魔力が右手へ流れた。水が坂を下るように。力まなくても、意識の方向を決めるだけで、魔力が動いた。


 自然に。


 あ、と思った。


 カイの素振りと同じだ。何千回も繰り返して、体が覚えた動き。考えなくても手が動く。足が動く。


 魔力も、体が覚えた。


 目を開けてステータスを確認した。


 ルート

 シーフ Lv9


 HP:80

 MP:185

 筋力:18

 耐久:16

 敏捷:46

 器用:32

 知力:20

 運:35


 【スキル】

 《表示展開》

 《空間把握》

 《気配感知》

 《魔力感知》

 《魔力操作》

 《短刀術》


 【魔法】

 (スモーク)


 スキルが増えていた。二つ。《魔力感知》と《魔力操作》。


 いつの間にか生えていた。昨日は確認していない。一昨日も。いつからあったのか、正確には分からない。スキルの獲得はいつもそうだ。気づいたらある。日々の訓練が閾値を超えた時に、静かに生まれる。


 スキル六つ。魔法一つ。


 数字も見る。敏捷46。Lv5の時は32だった。4層の夜勤で毎晩走り続けた結果が出ている。MP185。155から30増えた。これでも異常に高いはずだ。(スモーク)を60回以上使える計算になる。


 筋力18。まだ低い。パワー型ではない。でもLv5の時の12よりはましだ。短刀の一撃が前より重くなっている。


 全体的に、Lv5の頃より確実に成長している。でもまだ頼りない。一人で生きていくには、もっと必要だ。


 Lv9。あと一つでLv10。十の倍数。何となく区切りの数字だとは分かる。


 まあ、今はそれよりも。


 《魔力操作》がスキルになった。


 試したいことがある。


 午後、廃墟帯に向かった。


 旧市壁。崩れた石壁。雑草の空き地。何ヶ月も前から通い続けた場所。ミニマップの線が隅々まで入っている。


 いつもの場所。崩れた壁に挟まれた細い通路。


 何ヶ月も前、ここで(スモーク)を出しては失敗していた。十五回やって全部同じ。ただ広がるだけ。イメージだけでは煙は変わらなかった。


 今は違う。


 《魔力感知》で自分の魔力を感じ取れる。《魔力操作》で魔力を動かせる。イメージと煙の間にあった「橋」が、ようやく架かった。


 通路の前に立つ。


 壁の幅、高さ。ミニマップの線で正確に把握する。3Dマップに切り替えれば、壁の厚みまで分かる。


 器を決める。


 この壁とこの壁の間。この幅で。この高さで。煙の壁。ここに立てる。


 次に魔力を動かす。胸の奥から右手へ。手のひらに魔力を集める。今朝の感覚。押すんじゃない。流す。イメージの方向を決めるだけで、魔力が動く。


 「ここから、この形で出す」。


 器を決めてから注ぐ。


 (スモーク)


 白い煙が手のひらから出た。


 広がる……いや。


 広がらなかった。


 煙が壁の間に留まっている。


 完璧じゃない。端が少し漏れていて、上の方が薄い。形も歪んでいて、左右対称じゃない。


 でも。


 通路の幅に沿って、煙が壁のように立っていた。


 白い壁。煙の壁。


 三秒、四秒、五秒と数えた。


 崩れた。端から崩れて、煙がただの煙に戻っていく。広がって、薄れて、消える。


 でも。


 五秒間、煙が「形」を持った。


「……できた」


 声が出た。小さく。震えてはいない。でも、胸の奥が熱い。


 何ヶ月もかかった。エリアナに教わって、金を貯めて、毎日訓練して。イメージだけで何十回も失敗して、魔力操作を知って、体で覚えて。


 ようやく、煙が形になった。


 もう一度。


 同じ場所。同じイメージ。魔力を手に集めて、器を決めて、注ぐ。


 (スモーク)


 煙が壁の間に立つ。今度は六秒。前よりほんの少し長い。でもまた崩れる。端から。


 三回目。五秒。


 四回目。四秒。短くなった。集中が切れたか。


 五回目。七秒。長い。一番長い。


 毎回少しずつ違う。長く持つ時もあれば、すぐ崩れる時もある。安定しない。でも「形になる」のは確かだ。ゼロじゃない。


 十回繰り返してから、壁の根元に座り込んで背中を預けた。


 できた。でも不安定。原因は分かっている。


 一つは《魔力操作》がまだ未熟。スキルとして発生したばかりで、制御の精度が足りない。魔力の量を微調整する技術がまだない。


 もう一つはイメージの精度。器の形は決められる。ミニマップがあるから空間の把握は正確だ。でも煙を器に「留める」イメージがまだ曖昧。出すだけでなく、そこに留まり続けるようにイメージしないといけない。


 やることは分かっている。体が覚えるまで練習を繰り返すだけだ。


 立ち上がってもう一回やろうとした時、いつもの空き地の少し離れた場所にミニマップで青い点が映った。


 壁の端から覗くと、赤い髪が見えた。カイだ。木剣を振っている。いつの間にか来ていた。


 僕の煙が壁の間に立ったのを、見ていたかもしれない。見ていなかったかもしれない。カイは何も言わない。黙って振り続けている。


 練習を再開した。十一回目。十二回目。煙が立って、崩れて、立って、崩れる。その繰り返し。


 向こうからは木剣の音が聞こえる。ぶん。ぶん。ぶん。


 同じ場所で、同じように練習している。何ヶ月も前と同じだ。やっていることは変わった。でも、この空気は変わらない。


 帰り際、並んで歩く。いつもの道。


 カイがぽつりと言った。


「できたのか?」


「少しだけ」


「そうか」


 それだけだった。


 カイの口元が少しだけ動いた気がした。笑ったのかもしれない。カイの笑顔は見たことがない。でもあれは、たぶんそれに近いものだった。


 小屋に帰って寝台に座り、ステータスを開く。


 スキル六つ。魔法一つ。Lv9。


 何ヶ月もかかった。夜勤で金を貯めて、エリアナに教わって、毎日訓練して。


 今日、煙が初めて形になった。五秒。七秒。不安定で、すぐ崩れた。でも形になった。


 壁。煙の壁。


 ここからだ。もっと長く保つように壁を安定させる。次は幕。壁が地上の敵の視界を切るものなら、幕は天井に薄く張って上から来るバットへの対策だ。壁と幕ができれば、ダンジョンで使える。


 先は長い。でも一歩目は踏み出した。


 それとLv9。あと一つ上がればLv10。十の倍数。何となく気になる数字だ。


 まあ、考えても仕方ない。やることは同じだ。


 明日も廃墟帯に行く。

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