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還らずの街のルート急便 ~過労死した元ゲーム開発者は「ミニマップ」と「煙魔法」で泥臭く成り上がる~  作者: わかば めぐる
第1章

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第13話 《魔力操作》

 夜、潜る。朝、出る。配達。寝る。また夜。


 その繰り返しが一ヶ月になった。


 3層の地図はだいぶ埋まった。ミニマップに線が網目のように広がっている。主要な通路はほとんど歩いた。敵の出やすい場所、安全な広間、行き止まりの位置。全部頭に入っている。


 最初は上位ラット一匹で手一杯だった。今は二匹同時でも対処できる。片方を短刀で牽制して、もう片方の隙を突く。足を使う。止まらない。止まったら囲まれる。


 ステータスを開く。


 ルート

 シーフ Lv7


 上がっている。


 Lv5から二つ。一ヶ月で二つ。3層の経験値は2層とは比べものにならない。


 敏捷も伸びた。数字を見なくても分かる。足が軽い。反応が速い。2層のラットを斬るとき、もう相手の動きが遅く見える。


 でも、煙は変わらない。


 たまに廃墟帯に行って(スモーク)を出す。結果は同じ。ただ広がるだけ。イメージしても、場所を変えても、何十回やっても。


 レベルが上がれば変わると思っていた。体が魔力に慣れれば、煙も言うことを聞くようになると。


 変わらなかった。


 「レベルが足りない」は、間違いだったのかもしれない。


 ロラに会わなくなっていた。


 午後に寝ていることが多いから、ダンジョンで顔を合わせる時間がない。たまにギルドの前で見かけると、向こうも気づいて声をかけてくれる。


「最近午後にいないわね」


「ちょっと忙しくて」


「ふーん」


 嘘ではない。でも全部は言えない。夜中に3層に潜っているなんて、言えるわけがない。


 ロラは少しだけ不満そうだったけど、それ以上は聞いてこなかった。


 カイとも会う回数が減った。廃墟帯に行く日が減ったから、当然だ。たまに行くと、カイはいつも通り木剣を振っていた。何も聞かない。こっちが来なくても来ても、同じように素振りを続けている。


 そういう人だ。


 今日、配達を終えてからエリアナの店に向かった。裏路地の奥。苔の壁。古い扉。もう何度目か分からない道。


「すみません」


「どうぞ」


 中に入る。いつもの匂い。エリアナがカウンターの奥にいた。


 今日は魔石を持ってきていない。持ってきたのは、別のものだ。


「エリアナさん。今、預けてる分はいくらですか?」


 エリアナが帳面を開いて指で数字を追い、顔を上げた。


「金貨一枚と少し。おめでとう」


 10,000ロアと少し。


 一ヶ月かかった。毎晩3層に通い続けた。上位ラットを何百匹倒した。魔石を拾って、エリアナに預けて、少しずつ積み上げた。


 ようやく届いた。


「次のヒント、お願いします」


「律儀ね。まけてあげようかと思ったのに」


「いりません。取引ですから」


 エリアナが少しだけ目を細めた。


「そう」


 帳面に何か書き込んで、閉じた。金貨一枚分。差し引き。取引成立。


 エリアナがカウンターに肘を置いて、僕に向き合った。


「前に、器を決めてから注げと言ったわね」


「はい。やりました。何十回も。でもイメージだけでは煙は変わりませんでした」


「そうでしょうね」


 知っていた顔だった。最初から、イメージだけでは足りないと分かっていた顔。


「レベルも上がりました。Lv5からLv7に。でも煙は同じです」


「レベルは関係ないわ」


 あっさり言われた。一ヶ月の仮説が、一言で否定された。


「関係ない……?」


「レベルが上がれば体は強くなる。でも、魔法の形を変えるのは別の話よ」


「じゃあ、何が足りないんですか?」


「《魔力操作》」


「《魔力操作》?」


「魔法書の魔法は自動よ。発動すれば、書かれた通りに出る。形も威力も決まっている。でも、自分の魔力を自分で操れる人は、違うことができる」


 エリアナの声は穏やかだったけど、一語ずつに重さがあった。


「あなたの体の中にある魔力。それを感じて、イメージで動かす。範囲も形も速度も、あなた次第になる」


「自分の魔力を……感じて、動かす?」


「ほとんどの人にはできないわ」


 エリアナが少し間を置いた。


「魔力は目に見えない。自分の中にある力を感じ取って、具体的なイメージで動かす。抽象的すぎて、普通の人には掴めない」


 頭の中で、何かが繋がった。


 イメージと煙の間に欠けていた「橋」。それが《魔力操作》だ。器をイメージで決める。注ぐのは《魔力操作》でやる。二つ揃って初めて、煙が形になる。


 エリアナは最初から知っていた。二段階の仕組みだと。でも一段階目だけ教えて、二段階目は僕が壁にぶつかるのを待った。


「最初から教えてくれてもよかったのに」


「壁にぶつからないと、教えても入らないわ」


「……」


「あなたは一ヶ月かけて、イメージだけでは足りないと自分で分かった。だから今、この言葉が入る」


 悔しかった。でも正しい。


 もし最初にこれを聞いていたら、僕はたぶん「《魔力操作》? よく分からないけどやってみよう」で終わっていた。イメージだけで何十回も失敗して、「何かが足りない」と自分で感じたからこそ、「《魔力操作》」という言葉の意味が体に入ってくる。


 この人は、教え方も商人だ。必要なものを、必要なタイミングで渡す。


「やり方を教えてください」


「座りなさい」


 エリアナが椅子を指す。僕は座った。


「目を閉じて。背筋は伸ばして。手は膝の上」


 言われた通りにする。


「自分の体の奥に意識を向けて。胸の真ん中あたり。何かがあるはずよ。見つからなくてもいい。意識を向け続けること」


 目を閉じる。暗い。自分の呼吸が聞こえる。胸の真ん中。何かがある、と言われても。


 何も感じない。


「何も感じません」


「当然よ。最初から感じたら天才だわ」


「これを毎日?」


「朝と寝る前。何があっても休まないこと。一日でも空けたら、感覚が戻る」


「何ヶ月かかりますか?」


「人による。早い人で数ヶ月。遅い人は一年以上。途中で諦める人がほとんど」


「諦めません」


「知ってるわ」


 エリアナの声が、一瞬だけ変わった。


「あなたは一ヶ月、毎晩3層に通い続けた子だもの」


 商人の声ではなかった。何と呼べばいいか分からない。ただ、少しだけ柔らかかった。


 一瞬で戻った。


「はい、今日の分は終わり。金貨一枚分のヒントはここまで」


 商人に戻っている。


「もしコツが掴めなかったら、もう少し詳しく教えてもらえますか?」


「それは次の取引ね。大金貨一枚」


「……高い」


「内容は濃いのよ。一流の講師なら大金貨三枚は取る。安いくらい」


 50,000ロア。途方もない金額だ。今の稼ぎだと何ヶ月かかるか分からない。


 でも、道がある。道があるだけマシだ。


「分かりました」


「無理はしないでね。死んだら元も子もないんだから」


 三度目の忠告。穏やかな声。でも軽くない。


「はい」


 店を出た。


 午後の日差しが眩しかった。少し前まで壁だと思っていたものの正体が分かって、頭の中がすっきりしている。


 《魔力操作》。


 自分の中にある魔力を感じて、動かす技術。器をイメージで作り、《魔力操作》で煙を注ぐ。二つ揃って初めて形になる。


 今夜から始める。寝る前に目を閉じて、自分の中にある何かに意識を向ける。


 何も感じないだろう。明日も。明後日も。何週間も、何ヶ月も。


 でも、一ヶ月毎晩3層に通い続けた日々を思えば、できる。


 あの一ヶ月は、魔石を貯めるためだけじゃなかった。「止まらない自分」を確認するための時間でもあった。


 止まらなければ、いつか届く。


 煙のときも。金貨のときも。そして今度の、《魔力操作》のときも。


 同じことだ。

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