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還らずの街のルート急便 ~過労死した元ゲーム開発者は「ミニマップ」と「煙魔法」で泥臭く成り上がる~  作者: わかば めぐる
第1章

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第11話 3層へ

 廃墟帯に通い始めて、何日目だろう。


 午後、いつもの道を歩いて旧市壁に入ると、赤い髪の少年がもういた。空き地で木剣を振っている。ぶん、ぶん、ぶん。規則正しいリズム。


 もう驚かない。あの子は毎日いる。僕も毎日いる。


 挨拶はしない。でも、お互いの存在を知っている。壁の向こうに誰かがいる、という空気が自然になっていた。


 僕はいつもの場所へ行く。崩れた壁の通路。


 (スモーク)


 白い煙が広がる。形にならない。


 (スモーク)


 同じ。


 (スモーク)


 同じ。


 何日やっても変わらない。イメージは毎回変えている。壁の幅、高さ、角の形。ミニマップの精度で正確に思い描いてから出す。でも煙はイメージを無視して、ただ広がる。


 五回目を終えて、壁に背中を預けた。


 少し離れたところから、木剣の音が聞こえてくる。


 見に行った。


 壁の端から覗くと、少年が素振りを続けていた。振り下ろし、横薙ぎ、突き。また振り下ろし、横薙ぎ、突き。


 同じ動きの繰り返し。でも、よく見ると毎回少しだけ違った。


 足の位置が数センチ変わる。腰の入れ方が深くなったり浅くなったりする。振りの角度が、ほんのわずかに変わる。


 同じことをやっているように見えて、一回ごとに微調整している。頭で考えているんじゃない。体が自分で探っている。こっちのほうがいい、いやもう少しこう、という修正を、筋肉と骨が勝手にやっている感じだった。


 頭と体が一つになっている。


 僕の煙は、頭だけでやっている。


 イメージは頭で作る。でも煙は体から出る。その間が繋がっていない。エリアナが言った「器を決めてから注ぐ」は正しい。器は頭で決められる。でも「注ぐ」のは体だ。体が言うことを聞いてくれない。


 少年の素振りを見ていると、その差が見える。悔しいわけじゃない。ただ、自分に足りないものの形が、少しだけ見えた気がした。


 でも、見えたところで、煙にどう活かせばいいのかは分からなかった。


 練習を再開する。六回目、七回目、八回目と続けた。


 結果は変わらない。


 夕方になった。空が赤くなり始めている。僕は短刀を腰に戻して、帰り道を歩き出した。


 同じタイミングで、少年も木剣を止めた。また同じ方向へ歩く。廃墟帯の出口。


 並んで歩く。沈黙。石畳を踏む足音だけ。


 何日もこうしている。隣を歩いているのに、名前を知らない。今まではそれでよかった。聞く空気じゃなかったし、聞かなくても困らなかった。


 でも、そろそろ変だと思った。


「僕はルート」


 少年がこちらを見た。琥珀色の目。少し間があった。


「カイ」


 それだけだった。握手もしない。立ち止まりもしない。歩きながら、名前だけ交換した。


「カイは毎日ここで?」


「ああ」


「いつから?」


「ずっと前からだ」


 それ以上は聞かなかった。カイも聞いてこなかった。


 廃墟帯の出口で自然に別れた。カイが先に行って、僕が少し後から街の道に出た。


 赤い髪が夕日に照らされている。背中が少し遠ざかって、角を曲がって消えた。


 名前を知った。カイ。


 それだけで、何かが変わるわけじゃない。明日も同じ場所で、同じように練習するだけだ。


 でも、名前があると少し違う。「赤い髪の少年」じゃなくて「カイ」。それだけのことなのに、少しだけ近くなった気がした。


 小屋に帰って寝台に座り、短刀を膝の上に置いてぼんやり考える。


 煙が形にならない。何日やっても変わらない。


 イメージの問題ではない。それは分かった。カイの素振りを見て、頭と体の繋がりが足りないとも感じた。でも、それをどうすればいいか分からない。


 ふと、ステータスを開いた。


 ルート

 シーフ Lv5


 この数字を見て、思った。


 もしかして、レベルが足りないんじゃないか。


 Lv5。魔法を覚えたばかりの見習い。この世界では、レベルが上がると体が変わる。ステータスの数字だけじゃない。体の動き方、魔力への慣れ方、感覚の精度。全部が変わるのかもしれない。


 前の人生で作っていたゲームでも、低レベルのキャラは魔法の精度が低かった。同じ魔法でも、レベルが上がると命中率も効果も上がる。数字の問題じゃなくて、キャラの「格」が変わる。


 もしこの世界でも同じなら、Lv5で煙を自在に使おうとしているほうがおかしい。


 まずレベルを上げるべきだ。


 でも、1層と2層ではもう上がらない。慣れきっている。ラットやバットを何匹倒しても、成長している感覚がない。同じ経験を繰り返しているだけ。体が慣れきっている。


 3層に行けば違う。敵が強くなる。経験も濃くなる。レベルも上がるはずだ。


 でも見習いの単独は2層まで。3層は規則違反だ。


 エリアナの声が頭に浮かんだ。


 「深い層の魔石が手に入ったら、私のところに持ってきなさい」


 あの取引。エリアナは最初から、僕が3層以深に行くと分かっていた。魔石はエリアナに渡せる。ギルドには出さない。証拠は残らない。


 問題は、他の冒険者に見られることだ。3層で見習いが一人で歩いていたら、おかしいと思われる。ギルドに報告されるかもしれない。


 じゃあ、人がいない時間に行けばいい。夜だ。


 夜のダンジョンなら、冒険者はほとんどいない。日中に比べて圧倒的に少ない。夜に潜って、早朝に出て、そのまま配達に行く。


 ミニマップで他の冒険者の位置は分かる。白い点を見つけたら避ければいい。シーフらしいやり方だ。


 夜勤か。


 前の人生で散々やった。締め切り前の徹夜。深夜のデバッグ。朝まで残って始発で帰る生活。あのときは嫌だったけど、体には染みついている。


 十歳の体でも、五年間毎日走り続けた体力がある。夜にダンジョンを回って、朝から配達して、午後に寝る。回るはずだ。


 生活リズムを頭の中で組み立てる。


 夜。ダンジョン3層。早朝。帰還。午前。配達。午後。寝る。体力が残っていれば廃墟帯で練習。


 忙しくなる。でも、2層で足踏みしている時間はない。


 一人で生きていくために、もっと強くならないといけない。その先の階層を見てみたいという気持ちもある。二つの理由が、同じ方向を向いている。


 規則違反だ。バレたらヨルグに怒られる。煙のときの比じゃないかもしれない。


 でも。


 カイの言葉を思い出す。


 「うまくいかないうちが練習だろ」


 練習は続ける。廃墟帯で煙を出し続ける。でも同時に、練習が活きるだけの力をつけないといけない。レベルを上げる。3層へ行く。そのために、リスクを取る。


 明日の夜から始めよう。


 寝台に横になり、目を閉じた。ミニマップの線が薄く残っている。1層と2層の道。全部覚えている。


 明日からは、その先の線を引く。


 3層。


 まだ白い場所。


 そこに、一人で踏み込む。

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