第20話
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王都の朝は、どこか華やいでいた。
街路には新しい布地を運ぶ馬車が行き交い、仕立て屋の店先には色とりどりのドレスが並ぶ。学園入学を控えたこの季節は、王都が一年で最も賑わう時期だった。
その中心にいるはずのリシェリアは、鏡の前で静かに腕を組んでいた。
「……多すぎますわね」
背後に並ぶドレスは十着以上。
淡い青、深紅、生成り色、銀糸刺繍。
すべて最高級。
そしてすべて、入学式候補。
「公爵家ですから当然です」
侍女が誇らしげに言う。
「当然でも選ぶのは私ですわ……」
小さくため息をついた瞬間、扉が開いた。
「悩んでる?」
フィアナだった。
両手いっぱいに菓子箱を抱えている。
「差し入れ!頭使うと甘いもの必要だから!」
「選ぶ前から疲労前提ですの?」
「絶対長引くと思って」
即答だった。
リシェリアは思わず笑う。
こうして気軽に部屋へ来られる関係も、原作には存在しなかった未来だ。
フィアナはドレス列を見て目を輝かせた。
「わあ……ゲームの選択画面みたい」
「やめてくださいませ、急に難易度が上がります」
二人は並んで座り込む。
布地を触りながら、フィアナがぽつりと呟いた。
「もうすぐなんだね」
「ええ」
学園。
原作の始まり。
けれど。
「怖くありませんわ」
リシェリアは自然に言った。
「みんながいますから」
フィアナが嬉しそうに笑う。
「うん。私も」
静かな安心が部屋に満ちた。
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午後。
王都中央の仕立て店。
アルヴィンは椅子に座り、無言で測定を受けていた。
「殿下、もう少し肩を——」
「これ以上広げる必要があるのか?」
「制服は第一印象ですので」
横でセシルが穏やかに補足する。
「威圧感は三割減でお願いします」
「減らせるものなのか?」
真顔で問う主君に、仕立て職人が困惑した。
その様子を見ながらセシルは小さく笑う。
「入学式は政治の場でもあります」
「分かっている」
アルヴィンは短く答えたあと、視線を窓へ向けた。
「……彼女は、楽しみにしているだろうか」
独り言のような声。
セシルは即答した。
「ええ。間違いなく」
「根拠は?」
「殿下がいるからです」
一拍。
アルヴィンは何も言わなかったが、わずかに表情が緩んだ。
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夕方。
再びアルヴェイン公爵邸。
最終候補は三着まで絞られていた。
「決まりませんわ……」
「全部着れば?」
「入学式は一度きりです」
真剣だった。
そこへ来客の知らせ。
アルヴィンだった。
フィアナがにやりと笑う。
「本人に選んでもらえば?」
「……参考意見としてなら」
数分後。
アルヴィンは並ぶドレスを見て、静かに固まった。
「……全部似合うな」
「選択になっておりません」
即座に却下された。
彼は少し考え、淡い蒼のドレスを指さした。
「これがいい」
「理由を伺っても?」
「初めて会った日の色に近い」
予想外の答えだった。
リシェリアは瞬きをする。
そんなことを覚えていたのか。
「……では、それにしますわ」
決定は一瞬だった。
フィアナが小声で囁く。
「溺愛だねえ」
「聞こえておりますわ」
だが頬は少しだけ熱かった。
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夜。
庭園を二人で歩く。
入学前の静かな時間。
「いよいよだな」
「ええ」
リシェリアは空を見上げた。
半年前。
未来を知り、恐れた日。
すべてが終わるはずだった人生。
けれど今は違う。
隣には彼がいて。
友人がいて。
仲間がいる。
「アルヴィン様」
「どうした」
「未来が楽しみだと思える日が来るとは、思いませんでした」
彼は少しだけ目を細めた。
「それは」
静かに手を取る。
「君が選び直した結果だ」
否定できなかった。
リシェリアは微笑む。
「では、これからも選び続けますわ」
「ああ」
短い返事。
けれど確かな温度。
夜風が優しく吹き抜ける。
学園という新しい舞台が、すぐそこまで来ていた。
不安ではなく。
期待と共に。
未来はもう、決められたものではない。
選び続けるものなのだから。




