第19話
朝の空気が、どこか落ち着かなかった。
理由は分からない。
けれどリシェリアは、目を覚ました瞬間に理解した。
「……来ますわね」
胸の奥に、嫌な既視感があった。
未来を知る者だけが感じる違和感。
偶然が重なる前触れ。
運命が“帳尻を合わせに来る”気配。
ノック音が響く。
「お嬢様、フィアナ様がお越しです」
「通してください」
扉が開くなり、フィアナが早足で入ってきた。
「リシェ!」
珍しく余裕がない。
「同じですわね?」
「うん。絶対なにか起きる日」
二人は顔を見合わせた。
確信だった。
原作強制イベント。
――ついに来た。
⸻
応接室。
緊急招集はすでに完了していた。
アルヴィン、セレティア、ルーク、ノエル。
全員が揃っている。
「状況を共有しよう」
アルヴィンが口を開く。
「本日、学園関係者の非公式交流会が急遽開催される」
フィアナが顔をしかめた。
「それ、原作にある」
ノエルが即座に反応する。
「どのイベント?」
フィアナは深呼吸した。
「聖女孤立イベントの前段階」
空気が変わった。
原作では――
交流会で誤解が生まれ、
聖女への悪評が広まり、
悪役令嬢との対立構図が完成する。
そして断罪ルートへ繋がる。
ルークが眉をひそめる。
「でももう仲良しだろ?」
「だからです」
リシェリアが静かに言った。
「状況を“作り直そう”としている」
偶然を積み重ねて。
誤解を発生させて。
物語を修正しようとしている。
セレティアが笑った。
「面白いじゃない」
扇を閉じる。
「なら先に潰しましょう」
⸻
対策会議は異様な速さで進んだ。
① フィアナは単独行動禁止
② 会話は公開空間のみ
③ 誤解が生まれる前に情報共有
④ 噂は即座に訂正
ノエルが手を挙げる。
「記録魔法使う。証拠残せば詰み」
「採用ですわ」
アルヴィンが静かに付け加える。
「私も同席する」
フィアナが目を丸くした。
「王族参加って強すぎない?」
「強制力相手なら過剰で丁度いい」
即答だった。
ルークが笑う。
「なんかもう作戦会議ってより防衛戦だな」
リシェリアは小さく頷く。
「ええ」
そして微笑んだ。
「ですが今回は――」
全員を見渡す。
「一人ではありません」
⸻
交流会会場。
貴族子女と学園関係者が談笑している。
華やかな空間。
そして。
――始まった。
給仕がぶつかる。
グラスが倒れる。
赤い飲み物がフィアナのドレスへ。
周囲の視線が集まる。
原作通りの事故。
フィアナが息を呑んだ瞬間。
「大丈夫?」
リシェリアが即座に手を取った。
同時に。
「記録完了」
ノエル。
「滑った原因、床の水滴だな」
ルーク。
「給仕は責めないで。こちらの管理不足です」
セレティア。
完璧な連携だった。
ざわめきが“心配”へ変わる。
非難が生まれる余地がない。
さらに。
「こちらへ」
アルヴィンが自然にフィアナをエスコートした。
王族の行動。
それだけで空気は決定づけられる。
――聖女は守られている。
――対立など存在しない。
その瞬間。
リシェリアは感じた。
何かが。
軋んだ。
見えない歯車が、噛み合わなくなる感覚。
原作が。
失敗した。
フィアナが小声で言う。
「……今、止まったよね?」
「ええ」
リシェリアは静かに答える。
「未遂で終わりました」
セレティアが笑う。
「拍子抜けね」
ノエルが興奮気味に言う。
「これ検証できる!強制力、条件満たせないと発動弱まる!」
ルークが肩をすくめた。
「つまり?」
アルヴィンが結論を告げる。
「私たちが“物語の前提”を壊している」
沈黙のあと。
フィアナが笑った。
「じゃあさ」
「はい?」
「もう原作、詰んでない?」
リシェリアは少し考え。
そして、柔らかく微笑んだ。
「ええ」
はっきりと言った。
「物語は、もう私たちのものです」
窓の外では夕日が沈み始めていた。
運命は訪れた。
けれど――
誰も不幸にならなかった。
それが答えだった。




