第17話
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王都の春は、出会いの季節——のはずだった。
少なくとも原作『聖光のレガリア』ではそうだった。
学園入学直前。
攻略対象たちはそれぞれ孤立した状態で登場し、聖女との個別イベントを経て関係を築く。
……はずだった。
「どうしてこうなったのでしょう」
リシェリアは紅茶を口に運びながら、目の前の光景を静かに眺めていた。
庭園の中央。
長テーブルを囲み、楽しそうに談笑している青年たち。
本来なら恋愛ルートを競い合うはずの——攻略対象一同である。
「いや、原因わかってるよね?」
隣のフィアナが即座に突っ込む。
「完全に私たちだよね?」
否定できない。
発端は三日前。
第二王子カイルの「社交訓練をしたい」という一言だった。
結果。
アルヴィン主導の交流会が開催されることになった。
「貴族社会では横の連携が重要だ」
という極めて正論のもと。
攻略対象全員が招集されたのである。
そして現在。
「なるほど、魔法理論を戦術に応用するのか。興味深い」
「でしょう!? 分かります!? やっと理解者が!」
ノエルが興奮気味に語り、それを真剣に聞いているのは騎士科首席の青年。
その横ではカイルがルークと剣術談義をしている。
笑っている。
普通に。
仲良く。
フィアナが小声で言った。
「原作だと、この人たち全員ライバル関係なんだけど」
「ええ。知っております」
リシェリアは遠い目をした。
原作では——
誤解、嫉妬、対立。
それらが恋愛イベントの燃料だった。
だが今。
「アルヴィン殿下、その書類ですが」
「あとで確認する」
セシルが自然に輪へ加わり、会話がさらに広がる。
完全に交流会である。
恋愛ゲームの空気はどこにもない。
その時、カイルがこちらに気づいた。
「リシェリア! フィアナ! 来ないのか?」
屈託のない笑顔。
以前の問題児気質はほとんど消えている。
教育の成果である。
フィアナが小さく笑った。
「なんかさ」
「はい?」
「これ、もう学園始まったら平和確定じゃない?」
リシェリアは少し考え——頷いた。
攻略対象同士が友好関係を築いた時点で、多くのイベントは成立しない。
対立構造そのものが消えたのだ。
「原作崩壊、加速中ですわね」
「タイトル変わりそう」
「却下です」
二人は笑う。
その時。
アルヴィンがこちらへ歩いてきた。
「楽しんでいるか」
「ええ、とても」
リシェリアは素直に答える。
彼は一瞬、庭園を見渡した。
談笑する青年たち。
穏やかな空気。
争いの気配はない。
「……悪くない」
小さな呟きだった。
フィアナがにやりとする。
「殿下、満足そうですね」
「当然だ」
即答だった。
「争う理由が最初から存在しなければ、誰も傷つかない」
それは政治的判断でもあり。
同時に、とても個人的な願いでもあった。
リシェリアはその横顔を見て、少しだけ微笑む。
未来は変わっている。
確実に。
その証拠のように、庭園では笑い声が響いていた。
ルークのツッコミに全員が笑い、ノエルが真面目に反論し、カイルがさらに話を広げる。
攻略対象たちは——
もはや攻略対象ではなく。
ただの友人関係になりつつあった。
フィアナがぽつりと呟く。
「ねえリシェ」
「なんでしょう」
「これさ、“逆ハー防止イベント”成功じゃない?」
「非常に平和的な成果ですわね」
二人は肩を寄せて笑う。
原作では恋の火種だった出会いが。
今はただの、穏やかな春の一日になっている。
リシェリアは静かに思った。
運命とは、抗うものではない。
少しずつ形を変え、望む未来へ導いていくものなのだと。
そして。
誰も気づかないまま。
『聖光のレガリア』という物語は、決定的に別の物語へ変わり始めていた。




