第16話
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春の風は、どこか落ち着かない気配を運んでいた。
王都郊外にある小さな礼拝堂。その前で、リシェリアは静かに空を見上げていた。
「……やっぱり、今日ですわね」
隣に立つフィアナが苦笑する。
「うん。原作通りなら、“聖女覚醒イベント”の日」
本来の物語では。
聖女は強い魔力暴走を起こし、命の危険に晒される。そこへ攻略対象たちが現れ、救出劇が発生——それが好感度上昇イベントだった。
つまり。
危険ありきの演出。
「本当にろくでもないイベント設計だよね……」
「同感ですわ」
リシェリアは迷いなく頷いた。
だからこそ。
今回は違う。
礼拝堂の周囲には、すでに準備が整っていた。
魔法陣の調整をしているノエル・アストレア。
警備配置を確認するルーク・エルグラン。
周囲の動線を管理する王宮騎士たち。
そして——
少し離れた場所で状況を見守るアルヴィンとセシル。
「完璧ですね」
セシルが静かに言う。
「暴走しても、外部被害はゼロ。魔力は三重封鎖。理論上、危険性はありません」
アルヴィンは短く頷いた。
「理論上、ではなく確実にだ」
「ええ。殿下がそう望まれるなら」
穏やかな声音だったが、配置された人員は王宮防衛級だった。
過保護である。
主に婚約者に対して。
礼拝堂の扉が開く。
神官がフィアナを呼んだ。
「聖女候補フィアナ・ルミエール。準備が整いました」
フィアナは小さく息を吸う。
少しだけ、不安が滲む。
その手を、リシェリアが自然に握った。
「大丈夫です」
「……うん」
「未来は、もう決まっていませんもの」
フィアナは笑った。
前世では、怖かったイベント。
けれど今は違う。
一人ではない。
「行ってきます」
礼拝堂へ入った瞬間、空気が変わった。
光。
静かな震動。
足元の魔法陣が淡く輝き始める。
ノエルが即座に記録魔法を展開した。
「魔力上昇確認。想定範囲内!」
次の瞬間。
光が一気に強まった。
——来た。
原作ではここで制御不能になる。
だが。
魔法陣が連動して発動する。
外周封鎖。
魔力循環。
安定化補助。
暴走するはずだった力が、穏やかに流れ始めた。
フィアナの身体を包む光は、暴れることなく、呼吸するように脈打つ。
「……すごい」
ノエルが呟く。
「暴走してない。完全共鳴状態だ」
外で見守るリシェリアは、そっと息を吐いた。
成功。
その瞬間。
礼拝堂の鐘が鳴り響いた。
澄んだ音が空へ広がる。
光が収まり、扉が開いた。
そこに立っていたフィアナは——
以前より少しだけ、柔らかな光を纏っていた。
神官が震える声で告げる。
「……聖女覚醒、確認いたしました」
沈黙のあと。
ルークがぽつりと言った。
「……平和すぎません?」
「理想的結果ですわ」
リシェリアは微笑む。
フィアナが駆け寄ってくる。
「終わったよ!」
「ええ。完璧です」
二人は自然に手を取り合った。
その様子を見ながら、セシルが小さく笑う。
「原作とは、随分違う結末になりましたね」
アルヴィンは静かに答えた。
「当然だ」
視線はただ一人へ向けられている。
「彼女が選び直した未来だからな」
春の風が吹く。
危険なはずだった運命は、穏やかな祝福へ変わった。
そして誰も傷つかないまま、物語はまた一歩、原作から離れていく。
リシェリアは空を見上げた。
——運命は。
避けるものではない。
選び直すものだ。
その確信とともに。
新しい未来が、静かに動き出していた。




