第13話
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穏やかな午後だった。
少なくとも、見た目だけは。
アルヴェイン公爵家の温室には春の花が咲き始め、淡い光がガラス越しに降り注いでいる。
その中央で、リシェリアは真剣な顔でノートを広げていた。
「では、整理しますわね」
向かいにはフィアナ。
隣にはアルヴィン。
そして少し離れて控えるセシル。
紅茶会の形を取ってはいるが、空気は完全に作戦会議だった。
「前提。私たちは複数の原作イベントを改変しました」
リシェリアがペンを走らせる。
「にもかかわらず、状況が“似た形”に収束し始めている」
フィアナが頷く。
「うん。完全再現じゃない。でも配置が寄せられてる感じ」
アルヴィンが静かに問う。
「つまり、この世界には“望む結果”がある?」
「ええ」
リシェリアは迷いなく答えた。
「物語そのものの意思、とでも呼ぶべきものが」
少しだけ沈黙。
温室の時計が小さく鳴る。
セシルが口を開いた。
「仮説としては合理的です。人為的操作が存在しない以上、“確率補正”のような働きがある」
「ゲームのイベント強制発生みたいなものだね」
フィアナが苦笑する。
「フラグ立ってなくても発生するやつ」
アルヴィンは腕を組んだ。
「では、なぜ今まで起きなかった」
その問いに、リシェリアは少し考える。
そして、気づいた。
「……抵抗が弱かったからですわ」
三人の視線が集まる。
「これまでは“先回り”でした。物語が動く前に改変していた」
ペン先が紙を叩く。
「ですが今は違う」
静かに言い切る。
「物語開始時期が近づいている」
フィアナが息を呑む。
「あ……ゲーム開始日」
「ええ。世界が“本編開始”を認識し始めている」
だから偶然が増える。
遭遇が起きる。
衝突が配置される。
物語が、整えようとしている。
アルヴィンの視線が柔らかくなる。
「ならば対策は明確だな」
「はい」
リシェリアは微笑んだ。
「物語より先に選び続けること」
セシルが小さく感心したように息を吐く。
「強制力を否定するのではなく、上書きするわけですね」
「ええ。運命は排除できませんもの」
そして、少しだけ優しく。
「ですが、選び直すことはできます」
フィアナが笑った。
「タイトル回収みたいなこと言うね」
「事実ですわ」
その瞬間。
突風が吹き、温室の窓がわずかに鳴った。
花びらが一枚、机の上へ落ちる。
偶然にしては、出来すぎたタイミング。
全員が一瞬だけ黙った。
——世界が聞いている。
そんな感覚。
だが次の瞬間。
アルヴィンが自然な動作でリシェリアのカップを持ち上げた。
「冷める」
それだけ言って差し出す。
緊張が、ふっとほどけた。
フィアナが吹き出す。
「もうさ、この世界さ」
「はい?」
「勝てる気しないよね、私たちに」
リシェリアは紅茶を受け取り、穏やかに微笑んだ。
「当然です」
一口飲む。
春の香りが広がる。
「こちらは、最初から幸せになるつもりですもの」
温室の外で風が止む。
まるで、世界が一歩譲ったかのように。
物語はまだ抗っている。
だが同時に。
彼女たちもまた、選び続けていた。
未来を。
自分たちの意思で。




