第12話
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最近、妙だった。
最初に気づいたのはフィアナだった。
「……ねえ、リシェ」
午後のサロン。紅茶の香りが静かに広がる中、彼女は珍しく真剣な顔をしていた。
「偶然、多すぎない?」
リシェリアはカップを持つ手を止めた。
「どの件について?」
「全部」
即答だった。
フィアナは指を折りながら数え始める。
「昨日、落ちるはずのなかった花瓶が落ちた。しかも私の真横」
「今朝、会う予定のなかった攻略対象が三人同時に廊下に集合」
「あと——」
少し言い淀む。
「……原作イベントが起きそうな配置になるの」
沈黙が落ちた。
リシェリアの瞳が静かに細まる。
それは、二人がずっと考えないようにしていた可能性だった。
「……強制力」
小さく呟く。
乙女ゲーム『聖光のレガリア』。
この世界には、本来の物語の流れが存在する。
そしてもし、それが“修正”を始めているのだとしたら。
「今までは、先回りできていましたわ」
リシェリアは冷静に言葉を選ぶ。
「ですが今回は、“何もしていないのに”状況が整えられている」
「うん……」
フィアナが頷く。
怖い、というより。
嫌な予感だった。
そこへノック音。
「失礼いたします」
入ってきたのはセシル・ヴァルディエだった。
いつも通りの穏やかな微笑み。しかし観察眼だけが鋭い。
「殿下より伝言を。少々、お時間をいただきたいとのことです」
「アルヴィン様が?」
「ええ。至急ではありませんが、“放置は推奨しない案件”だそうです」
その言い回しで、リシェリアは理解した。
政治案件ではない。
個人的な警戒だ。
庭園へ向かうと、アルヴィンはすでに待っていた。
風に揺れる金髪が陽光を反射している。
彼は二人を見るなり、真っ直ぐ言った。
「最近、不自然な出来事が増えている」
前置きはなかった。
「報告が上がっている。偶発事故、予定外の遭遇、感情的衝突の増加」
フィアナとリシェリアは顔を見合わせる。
やはり。
「殿下も感じていらしたのですね」
「ああ」
アルヴィンの視線がリシェリアへ向く。
「君に危険が及ぶ形で、配置が動いている」
その言葉に、空気が少し冷えた。
守る、ではない。
分析だった。
「……原作の修正力、でしょうか」
フィアナが静かに言う。
アルヴィンは眉をわずかに寄せた。
「その“原作”という概念は理解しきれていないが」
少し間を置く。
「意図を持った流れが存在する可能性は否定しない」
セシルが一歩前へ出た。
「統計的にも異常です。偶然にしては収束しすぎている」
文官らしい結論だった。
リシェリアはゆっくり息を吐く。
恐怖はなかった。
ただ、理解しただけだ。
「……物語が、戻そうとしているのですね」
悪役令嬢と聖女が対立する未来へ。
婚約が破綻する未来へ。
破滅へ。
しかし。
「なら」
リシェリアは微笑んだ。
静かに、強く。
「もう一度、選び直すだけですわ」
アルヴィンの口元がわずかに緩む。
フィアナは吹き出した。
「それ言うと思った!」
「当然です」
リシェリアは立ち上がる。
「対策会議を開きましょう」
「議題は?」
セシルが問う。
リシェリアは迷いなく答えた。
「——世界の修正力への対抗策」
その言葉に、全員の視線が交わる。
恐れる空気はなかった。
むしろ、少しだけ楽しそうですらある。
未来は決まっていない。
もう知っているから。
変えられると。
庭園に春風が吹き抜ける。
物語は、抵抗を始めた。
そして彼女たちは——
運命に対して、もう一度ペンを取る。




