第11話
それは、予定外の知らせから始まった。
「魔法研究棟で事故?」
フィアナが目を丸くする。
リシェリアは届いた報告書に目を落としたまま頷いた。
「小規模と書かれていますが……記録の形式が学園基準です」
「つまり?」
「隠されています」
短い沈黙。
原作知識が、同時に同じ結論へ辿り着く。
「……魔法暴走イベント」
「ええ」
本来は学園入学後、中盤で発生するはずの出来事。
制御不能になった魔力装置が暴走し、多数の負傷者を出す事件。
そして聖女覚醒の伏線となる重要イベント。
「早すぎる」
フィアナが呟く。
「強制力ですわね」
管理帳の文字が脳裏に浮かぶ。
物語が、修正を試みている。
⸻
研究棟は王立魔法院の敷地内にあった。
普段は静謐な場所だが、今日は空気が違う。
焦げた匂い。
慌ただしく行き交う研究員。
入口でルークが足を止めた。
「危険です。内部確認が取れるまで待機を」
「時間がありません」
リシェリアは静かに言った。
「暴走が段階的なら、第二波が来ます」
ルークが眉を寄せる。
「根拠は?」
「経験則です」
嘘ではない。
ただし前世の読書経験だが。
数秒の逡巡の後、ルークは頷いた。
「私が先行します」
⸻
研究棟内部は混乱していた。
床には魔法陣の残光。
壁の一部が黒く焼けている。
そして中央。
「……止まってない」
フィアナが息を呑む。
巨大な魔力結晶が不規則に明滅していた。
空気が震える。
魔力が溢れている。
「制御術者は!?」
リシェリアが近くの研究員へ問う。
「あ、あそこです!」
示された先。
床に座り込み、膨大な術式を書き直し続けている青年がいた。
銀灰色の髪は乱れ、目の下には濃い隈。
周囲の声など一切届いていない様子。
「違う……式が足りない……理論は合っているのに……」
ぶつぶつと独り言を繰り返している。
「……ノエル・アストレア」
原作通りの人物。
天才魔法理論研究者。
そして――実験優先で自分の安全を忘れる危険人物。
「止めないと」
フィアナが言う。
「いえ」
リシェリアは首を振った。
「止めても解決しません。完成させる必要があります」
「え?」
彼女はノエルの隣へ歩み寄った。
「アストレア様」
反応なし。
「術式が循環過多になっています」
その瞬間。
ノエルの手が止まった。
ゆっくり顔が上がる。
「……今、何と?」
「出力制御ではなく、受容量の問題です。逃がす先がありません」
数秒の沈黙。
次の瞬間、彼の目が見開かれた。
「外部共鳴式……?」
「はい。補助陣を追加すれば安定します」
ノエルは立ち上がり、狂気的な速度で術式を書き換え始めた。
「そうか……だから理論が閉じていたのか……!」
魔力の振動が変わる。
暴れていた光が収束し始める。
空気の圧迫感が消えていく。
やがて。
結晶は静かに光を失った。
完全停止。
⸻
研究棟に静寂が戻る。
数秒遅れて歓声が上がった。
「止まったぞ!」
「成功だ!」
だがノエルは周囲を見ていなかった。
真っ直ぐリシェリアを見る。
「……あなた、何者ですか」
「ただの令嬢ですわ」
「嘘だ」
即答だった。
「今の理論、専門研究者でも気付かない」
フィアナが横で冷や汗をかく。
(バレるやつ!)
リシェリアは微笑んだ。
「偶然です」
「偶然で世界は救えない」
断言。
そして彼は言った。
「興味があります。あなたに」
ルークが一歩前へ出た。
「距離を」
「研究的興味です」
「余計に危険だな」
初めてルークが即座にツッコんだ。
⸻
帰路。
夕焼けの中、馬車が揺れる。
「……ねえリシェ」
「はい」
「今の、完全にイベント成功条件満たしたよね」
「ええ」
本来なら被害が出て、聖女覚醒へ繋がる事件。
だが今回は違う。
「誰も傷ついていません」
それが最大の改変だった。
管理帳に記録を書く。
【No.08 魔法暴走イベント】
状態:安全改変成功
備考:
『天才にはヒントを』
⸻
ページを閉じる。
そして。
今までで最も濃く、文字が浮かび上がった。
『強制力:段階上昇』
まるで。
物語が本気になったかのように。
リシェリアは静かに呟いた。
「……次は、大きいですわね」




