第9話
その招待状が届いたのは、三日後の午後だった。
淡い薔薇色の封蝋。
整いすぎた筆跡。
差出人の名を見た瞬間、フィアナが声を上げた。
「来た!」
リシェリアは静かに封を切る。
「ええ、来ましたわね」
そこに書かれていた名前。
セレティア・ヴァルローゼ。
原作において、リシェリアの立場を脅かす“もう一人の令嬢”。
そして――後に破滅へ巻き込まれる人物。
「原作だと、この人どうなるんだっけ?」
「私と対立した後、派閥争いに利用され、社交界から姿を消します」
「重い!」
「ええ。理不尽です」
リシェリアは招待状を閉じた。
内容は単純。
少人数の茶会への招待。
だがタイミングが悪すぎる。
第二王子帰還直後。
社交界の空気が揺れている今。
(選別が始まっている)
誰が味方で、誰が敵か。
貴族社会は静かに線を引こうとしている。
「……行く?」
フィアナが尋ねる。
リシェリアは迷わなかった。
「ええ。行きます」
「フラグ回収?」
「救済です」
⸻
ヴァルローゼ侯爵邸は、華美ではないが洗練されていた。
庭園は整いすぎず、どこか実務的な美しさがある。
「堅実タイプだ」
小声でフィアナが呟く。
「家風でしょうね」
案内された先で待っていた少女は、想像よりずっと静かな人物だった。
淡い金髪を背に流し、背筋を伸ばして座っている。
「お越しいただきありがとうございます、リシェリア様」
完璧な礼。
だがその指先はわずかに強張っていた。
緊張している。
あるいは――警戒。
「こちらこそ、お招き感謝いたします」
向かいに座る。
紅茶が運ばれ、形式的な会話が続く。
天候。
学園準備。
最近の流行。
だが本題は来ない。
セレティアは何度も口を開きかけ、閉じた。
そして意を決したように言った。
「単刀直入に申し上げます」
真っ直ぐな視線。
「私は、あなたの敵になるつもりはありません」
フィアナが小さく目を見開く。
原作にはない台詞だった。
「……その理由を伺っても?」
リシェリアは穏やかに返す。
「最近の社交界は不穏です。派閥が動き始めています」
声は冷静だが、どこか焦りが滲む。
「そして皆、次の中心が誰になるか探っている」
つまり。
王太子妃候補であるリシェリアに近づくか、対抗するか。
選択を迫られている。
「私は争いを望みません」
セレティアは言った。
「ですが……放置すれば、争いに巻き込まれる」
沈黙が落ちる。
リシェリアは理解した。
この少女は賢い。
だからこそ、原作では利用された。
「セレティア様」
リシェリアは静かに微笑んだ。
「一つ、確認してもよろしいですか」
「はい」
「あなたは、誰かを蹴落として上へ行きたいのですか?」
一瞬の間。
「……いいえ」
即答だった。
「実力で評価される社会を望みます」
その言葉に、リシェリアは確信する。
(この方は、敵ではない)
むしろ。
同じ側だ。
「では」
カップを置く。
「協力関係を築きましょう」
セレティアが息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「ええ。争う理由がありませんもの」
そして少しだけ声を落とす。
「むしろ、共に変えたいと思っています」
「何を、ですか?」
リシェリアは答えた。
「理不尽な物語を」
その言葉に。
セレティアの表情が初めて崩れた。
安堵だった。
⸻
帰り道。
フィアナが腕を組む。
「また仲間増えたね」
「優秀な方です」
「というかさ」
にやりと笑う。
「原作のライバル、どんどん味方になってない?」
「効率的でしょう?」
「リシェ、ラスボス側の発想なんだよなあ」
思わずリシェリアは笑った。
その夜。
管理帳に新たな記録が加わる。
【No.06 ライバル令嬢対立イベント】
状態:味方化完了
備考:
『対話は最短ルート』
⸻
だがページを閉じた瞬間。
再び、あの文字。
『強制力:観測継続』
まるで。
物語そのものが、様子を見ているかのように。




