第22話~新しい寝室~
自分の枕を抱きながら、彼の後ろについて新しい寝室へ向かう。
ドアを開くと、初日に見た光景と同じ、広々とした部屋の中央に大きなダブルベッドが置かれていた。
月に何回かハウスキーパーさんが来てくれているおかげで、ここに来てから一度も使っていないのに室内はとても清潔だった。
「ベッド大きいね、これなら寝返りしてあなたを蹴飛ばしても大丈夫そう」
「君に蹴飛ばしてもらえるなら喜んで受け止めるさ」
「それは別の意味に聞こえるからやめてよ……」
彼のセリフに若干ドン引きしながら私は大きなベッドに近付いて、右側に置いてある枕を持ってきた枕と交換する。
余った枕をどうしようかと考えた結果、何となく彼に投げつけてみた。
「おっと、乱暴だなぁ」
「ちっ……受け止めたか……」
顔面に向かって投げたのに、勢いが弱くてあっさり受け止められてしまった。
彼は苦笑しながら枕を床に置いて、ベッドに近付く。
「君はベッドは大きいのが好きだって言っていたから、一番大きいキングサイズにしたんだよ」
「よく覚えてるね……」
「寝相が悪いせいでベッドから落ちて、頭を思い切りぶつけたって話をしていたからね」
「そういうのは覚えてなくていいのに……」
歯ブラシの時といい、ほんとどうでもいいことばっかり覚えてるなぁ……
呆れながら私は遠慮がちに布団に潜りこむ。
私に続いて彼も布団に潜りこみ、口を開いた。
「あかり……そんな端っこにいると落っこちちゃうよ?」
「うっ……」
恥ずかしくてベッドの端に潜り込んだけど、彼の言う通り明日の朝には落下しているだろう。
でも、恥ずかしくてこれ以上、彼に近寄れない……
「まったく……ほら、おいで」
次の瞬間、彼の腕がそっと腰に回ってそのまま軽く引き寄せられた。
「あぅ……」
小さく呻いて、滑りの良いベッドのおかげでそのままスーッっとベッド中央へ移動した……
「ち、ちかいよ……」
背中に彼の体温を感じて、首筋に温かい吐息があたる……
心臓が破裂するんじゃないかと思うぐらいドキドキして、顔がどんどん熱くなっていく……
「君が落ちたりしたら大変だからね」
彼はくすっと笑いながら私の首筋にそっとキスをした――
「やっ!もう……」
驚いた私は布団の中で寝返りを打って、彼を睨んだ。
「ふふっごめんごめん」
小さく息をついて、私は彼のシャツを掴んで胸の中に頭を埋めた。
「さとる」
「ん?なんだい?」
「……わたしを助けてくれて、ありがとね」
「それと、あの時、ひどいことを言って……ごめんね」
ずっと伝えたかった言葉を、彼に伝えた。
彼はくすっと笑って、私の頭を撫でてくれる。
「いいんだよ。僕は君の為なら、なんでもできる」
「……ありがと。」
そう言って、彼のシャツを握りながら体を寄せた。
「好きだよ、さとる」
「……大好き」
胸に顔を埋め、鼓動を聞きながら目を瞑る。
トクン、トクン、と彼の心臓の音が聞こえて、なんでか分からないけどとても安心する。
「朱里」
「なに?」
呼ばれて返事をしながら彼の顔を見ると、熱を帯びた瞳をしていた――
瞬間、彼の腕が背中に回って力強く抱きしめられる。
「ごめん……我慢できない」
次の瞬間、彼が覆いかぶさって来て……一瞬だけ、迷うように動きを止めた。
けれど、そのまま唇を奪われる。
「んうっ!?」
夕方のときよりも激しキスに、目が白黒する。
彼の吐息を感じて、私が息を吸おうと思い口を開いた次の瞬間、深く唇が重なる。
抵抗しようと足をバタバタさせたけど、両脚を彼の脚で抑えられ、彼の腕は力強く私の頭と腰を掴んで離さない。
――この時、初めて彼が男性なんだと、本能的に認識した。
彼の手が、私のパジャマの内側に入ろうとしてビクっと体が震える――
自然と涙が出てきて、目をきゅっと瞑る……
(こわい……)
でも、彼が望むなら受け入れようと思った――
けれど、彼はそこで止まってドサッと私の横に倒れ込んだ。
「はぁ……ごめん、抑えられなくて……」
彼は後悔しているのか、顔を手で覆いながらすごく落ち込んでいる。
「大丈夫だよ、少し驚いたけど……別にイヤじゃなかったから」
くすっと笑って私は彼のシャツを握った。
「びっくりしただけだから……大丈夫」
そう言って私は彼の胸の中に顔を埋めた。
目を瞑ると、彼の心臓の音が聞こえてくる。
さっきと違って、とても速い鼓動が聞こえて、彼もドキドキしてくれたんだと思って心が温かくなる。
(次は……期待に応えたいな)
そんなことを思うと顔がぼうっと熱くなる――
照れ隠しにぎゅっと彼の胸に密着して鼓動を聞き続けていると、頭の雑音がすべて消えてすぅっと眠りについた――
彼女がかわいらしい寝息を立てて眠りについたのを確認し、腰に手を回す。
体が密着し、彼女の体温と鼓動が伝わってくる。
「君は、本当にかわいいね……」
寝顔を見て苦笑する。
……さっきはかなり危なかった。
彼女の告白で頭の中で何かが切れてしまい、戻るのが少しでも遅かったら手遅れだったかもしれない……
「まったく……僕も一人の男なんだから、少し自重してほしいね」
彼女の髪を手で梳きながら、頭を撫でる。
「お礼を言いたいのは僕も同じなんだ、朱里」
彼女がここにきて大変だと思った事なんて一度もない。
朱里が来るまで、僕の生活はこの寝る為だけに存在する家と会社を往復するだけの毎日だった。
仕事をするだけの灰色の日々。
弱音など決して許されない立場が僕を追い詰め、心身は日々摩耗していった。
でも、あの日、彼女が家にきてから世界が明るくなった。
家に帰れば愛しい人が待っていてくれる。
たったそれだけで、疲れを感じなくなるどころか、彼女の為に仕事を頑張れるようになった。
何もしてくれなくていい、ただこうして隣で居てくれるだけで幸せなんだ……
でも、限界まで傷ついた彼女は自分を責め続けてしまう――
僕は、精一杯彼女を甘やかし続けると、あの日誓った。
だからこそ、眠れない理由を打ち明けて頼ってくれたことがとても嬉しかった……
「おやすみ、朱里……」
もう二度と、君を一人にはしない。
愛しい彼女を起こさないように抱きしめながら、静かに寝顔を見守った――




