第20話~新しい朝~
まぶたの裏に、カーテン越しに差し込む暖かな日差しを感じる。
目を開けると、今となっては見慣れた部屋が広がる。
「ん……いま、なんじ……?」
もぞもぞと枕元のスマホを探し、時計を見る。
「げ……もう7時半か……起きないと……」
低血圧だから朝がつらいけど、手足に力を入れなんとか立ち上がる。
リビングのドアを開くと、コーヒーの良い匂いが鼻をくすぐった。
「おはよう、アカリ。」
「よく眠れた?まだ眠かったら無理して起きなくてもいいからね」
彼はコーヒーを片手にタブレットから視線を上げ、優しく微笑んでいる。
「おはよ……だいじょうぶ」
「ふわぁ……とりあえず顔洗ってくるよ……」
ボサボサの髪のまま洗面所へと向かった。
さっと髪を梳かし温水で顔を洗うと意識がはっきりとしてきた。
「ごめんね、朝の支度やってもらっちゃって」
リビングの席に着きながら、コーヒーの入ったちょうどいい温かさのマグカップを受け取る。
「気にしないでくれ、夕飯はいつも作ってくれてるんだから、僕だって助かってるんだよ?」
「それに、僕たちの間でそういうのを気にするのはやめようって言ったじゃないか」
「それはそうだけど……」
ようやく解禁されたコーヒーを飲みながらほっと一息つく。
「やっぱり……彼女としてはこういうのやってもらっちゃうと、なんか悪い気がしてさ……」
カンッ!っとマグカップを机に置く音がして私の体はビクッと跳ねた。
「あぁ……アカリが僕の彼女としての自認があるなんて……」
「幸せ過ぎて、僕は今日死ぬのかもしれない」
彼はマグカップを机に置いたままプルプルと震えている。
「付き合ったばっかりなのに、死なないでよ……」
私は苦笑し、マグカップに口をつけ彼が立ち直るのを見守った。
しばらくすると彼は立ち直り、メガネをクイっと直しながら私と視線を合わせる。
「まぁ君がそういうのを気にする性格なのは知っているけど、今のトレンドは男も家事を手伝うものなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「そっかぁ……」
(私が遅れてるのかな……)
「それに、男が家事を手伝わないと、世の女性から燃やされ、炎上、爆発するのが昨今の流行だから、僕の身を案じてこれぐらいはさせてくれないか?」
「なにそれ……こわい……」
最近の流行は怖いな……時間もあることだし調べてみよう、と思ったけどSNSを禁止されてるんだった……
朝食を食べ終えて、彼は支度を済ませて会社に向かう。
私はその見送りをするためにフロアのエレベーターに向かった。
「それじゃ、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
「あ、ちょっとまって」
彼を呼び止める。
少し、いや――
すごく恥ずかしかったけど、彼の前まで駆け寄って背伸びをした。
そして彼の頬にキスをする。
「……前に、欲しいって、言ってたから……」
彼は驚いた顔をしていたけど、すぐに嬉しそうな顔をして私を抱き締めた。
そして、私の顎をそっと持ち上げて唇に触れた――
「~~っ!」
顔がぶわっと熱くなるのを感じて彼から急いで離れる。
「ふふっかわいい」
彼は目を細めて愛おしそうにこちらを見てくる。
「今日は、いつもの三倍は仕事を頑張れそうだよ」
胸に手を当てて天井を見つめてる……
「はぁ……わかったからもう行きなよ」
彼を追い払うように手で早くいけ、と合図した。
「つれないなぁ、おかえりのチューも期待していいのかな?」
「しらない!もうやんない!」
「あぁ……今日はいつもの三倍仕事ができなくなりそうだ……」
「もう、わかったよ……気が向いたらしてあげる」
「お、じゃあいつもの五倍働いてくるからご褒美を期待しているね」
彼はエレベーターの中に入り、振り返った。
「帰りは、もっと過激なのをするから、期待しててね」
そう言って、彼は自身の口に指をあてて舌をベッと出した。
最初は意味がわからなくて首を傾げていたけど、なんとなく理解してしまい顔が真っ赤になる――
「ばかぁっ!」
私がそう言うと同時にエレベーターが閉まり、笑っている彼を乗せて下って行った。
「もう……」
静かになったフロアで一人、私は彼に触れられた唇にそっと指を添えた。
「すごい、柔らかかったな……」
そんなことを口にして私は頭をブンブン横に振った。
(乙女か!?私はっ!?)
パシンっと手で目を覆い、反省しながらリビングの方へと向かっていく。
ソファに飛び込み、クッションに赤く火照った顔を埋めて悶える。
「付き合い始めたんだから……これからいろんなことされるのかな……」
つきあう前から強引だったのにこれからどうなるんだろう……
「私はここから出られないし、猛獣の檻に囚われているようなものなのでは……?」
今日にでも襲われるんじゃないかって、ちょっとだけ不安になる。
「まぁ……いちおう彼が帰ってくる前に、歯磨きしとこうかな……」
そんなことを呟いて、私はソファから立ち上がり窓の外を見た。
ちょうど、彼の車が走っていく姿が見えて少し寂しい気持ちが沸く。
でも、夕方また会えると思うと、すぐに心が温かくなった。
「よし!私も仕度して仕事するかぁ!」
気合を入れて自身の仕事部屋へと向かう。
――いつ、トラウマが蘇るかわからなくて、不安は尽きないけれど
それでも、彼と一緒ならきっと乗り越えられる、そう思って、私は明日を迎えるのが楽しみになった――




