第17話~電話~
ポーン、とエレベーターが最上階に到着する。
厳かな部屋のドアに近付いて、鈴木くんがノックし声をかける。
「失礼します、社長、アカリ様がお見えです」
(なんとなく勢いで来ちゃったけど……迷惑だったかな……)
ここまで来たのに急に不安になってしまい、胸がぎゅっと締め付けられる……
すると、部屋の中で話し声がし、いつもの彼の声が聞こえてくる。
「入っていいよ」
重厚感のあるドアを開けると、思っていたよりもずっと静かな空間が広がっていた。
壁際には天井まで届く本棚が並んでいて、中には専門書らしき分厚い本や資料ファイルがぎっしりと詰まっていた。
正面には大きなガラス張りの窓があり、ブラインドの隙間から暖かな陽射しが漏れている。
窓の手前、中央奥には彼の作業用と思われる大きなデスクが置かれていて、その上にはモニターが三枚並んでいる。
部屋の手前には、応接用と思われる高級そうな椅子とテーブルが置かれていた。
(ここでさとるは仕事してるんだ……)
そんなことを思いさっと周りを見渡すと、部屋の中にはいつもの彼ともう一人、スーツ姿の見知らぬ女性が立っていた。
髪を高い位置でまとめ、ビシッと決めた高そうなスーツ。
メガネの奥には鋭い目付きがあり、反論を許さないような厳格さがある。
その女性と目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ互いの視線が止まる。
そして私をキッと睨めつけ、ヒールの音をカツカツと響かせながら、無言で私の横を通り過ぎた。
(あの目を……私はよく知ってる……)
他人を値踏みする目だ。
前の会社で、現場に入る度に散々浴びせられてきた目――
――おまえのようなやつに、なにができる?
言葉に出されなくても、私はそう感じてきた……
「ごめん、ちょっと来客があってね」
「本当は君の作業に立ち会いたかったんだけど、タイミングが悪くてごめんね」
「今の人は……?」
「彼女は僕の会社の顧問弁護士さ、少し確認したい案件があって彼女の手を借りてたんだ」
そう言いながら彼は私の手を引いて応接用の椅子に座らせてくれた。
「では、自分はこれで失礼致します!」
「アカリ様がお帰りの際はまたお呼びください!」
「鈴木くん、ありがとね」
手を振って彼を見送り、部屋のドアが閉まると同時に聡が後ろからそっと私を抱き締める。
「あぁ……仕事中に君に触れられるなんて、幸せだ……」
「もう……こんなところ会社の人に見られたらどうすんのよ」
呆れながらも、優しく抱きしめられて胸がきゅっと締め付けられる……それでもなんとか平常心を保ち言い返した。
「その時はその時さ」
彼はそう言うと、私から離れデスクに着いた。
どんな仕事をしているのか気になって、彼のデスクに近付く。
「少し、見てもいい?」
「もちろん、おいで」
私が遠慮がちにPCモニターを見ようとすると、彼は手を引いて見せてくれた。
モニター上にはプログラミング言語がびっしりと並んでいて、文字の羅列に目が回りそうになる。
「すごいねぇ……見ても全く分かんないや」
「ははっ、僕も最初はそうだったよ」
「でも、難しいように見えて実はとても簡単なんだよ」
彼はクイッとメガネを整えて私と視線を合わす。
「文章を書くのと一緒で、丁寧に書いてあげればきちんと動く」
「機械は命令通りに忠実に動く分、そこが可愛いところでもあるね」
「ふーん……なんかオタクっぽい言い方だね」
そうは言ったものの彼の言うことには共感できる。私も機器いじりが好きなオタクだからね。
話し終わると彼は集中しているのか、モニターを見つめてカタカタとキーボードを軽快に打ち始めた。
ブラインドタッチでプログラムを素早く打ち込み、クセなのか時折メガネの位置をクイッと直すのが様になっている。
猫背ではなくきちっと背筋を伸ばしながら打ち込む姿は、毅然としていてとてもカッコいい……
そんな彼の指はプログラマーだからだろうか、色白でスラっとしていて長くて、でも細すぎない程よく筋の通った指。
(今さらだけど……あの時、彼が怪我をしなくて本当によかった。)
彼の仕事姿を見ていると、デスクの上の電話が鳴りだす――
音に反応し私はビクッと跳ね上がる。
――気のせいだろうか、一瞬、心臓に針を刺されたような痛みが走った。
彼はすぐに受話器を取り、話し始めた。
私は邪魔にならないように少し離れ、見守る。
「――わかった、僕が行ってチェックするから少し待っててくれ。」
そう言い終えて、彼は受話器を置く。
「ごめんね、少し席を外すよ、すぐ戻ってくるからここで待っててくれるかい?」
「うん、いってらっしゃい」
手を振って彼を見送り、部屋の角にある応接用の椅子に座って待つことにした。
ふと気になってガラス張りの窓に近付いて外を見てみると、高層ビルの最上階から見下ろす絶景が広がっていた。
「おぉ……すごい……人がごみのようだ」
言い方は悪いが、地上を歩く人達が豆粒に見えるので某大佐の言うことが実感できる。
「でも高いところが苦手だからちょっと怖いな」
見続けていると足がすくんできたので、それ以上見ることをやめようとしたその時――
――再度電話が鳴りだす
再びビクッと体が飛び跳ね、胸の動悸が激しくなる。
――プルルルル
――プルルルル
ゲストの身で社長宛の電話を取るわけにもいかず、鳴り止まないコール音を聞き続ける。
(これ以上、ききたくない……)
そう思って耳を塞いだのに、頭の中で電話の音が鳴り響く……
――新人のくせに電話も取れんのか。
幻聴が聞こえてくる。
――次からワンコール以内に取れ!出来なければ減給だからな!
昔から、集中していると周りの音が聞こえなくて、迷惑をかけることがあった。
――ここまで言ってもできんのか!
できないじゃない、やるんだ。そう思った私はコール音を聞くと、強制的に意識を戻すよう、暗示をかけた。
――やればできるじゃないか。
そう、やらないといけない、私は社会人なんだから。
そうだ……
電話を とらないと
震える手を伸ばし、受話器を取ろうとする――
「はぁ……はぁ……」
伸ばした手は空を掴み、私は気付けば床に倒れていた。
「どうして……からだが……」
うごかない。
息が、できない。
「う゛っ…あぁっ……!」
呼吸をしようと口を開いたけど、呻き声が漏れる……
(いやだ……はやく……うごけ……っ!)
このままだと、彼に迷惑をかける――
きっと、彼は自分を責めてしまう、だから――
――立つんだ。
歯を食いしばり、必死に立ち上がろうとして、床に手をついて足に力を込める。
その瞬間、胸に鋭い痛みが走り再び呻き声を上げて床に倒れる。
体に力を込めようと、もがけばもがくほど胸が締め付けられ、心臓が押しつぶされるような痛みが全身に広がっていく。
「あ゛ぁッ……!」
本能的にまずいと思った私の体は言うことをきかず、丸くうずくまった状態でついに動かなくなってしまう――
――消えていく視界の中で、彼が泣きそうな顔をして私を抱き起しているのが見えた。
――ごめんね……心の中でそう呟いて、私は意識を失った。




