第16話~元プロとしての誇り~
――この幸せが、ずっと続くと思っていた。
でも、いつだって理不尽ってやつは、突然襲い掛かってくるんだ――
――ピンポンパンポーン――
『かわいい、かわいい僕のアカリちゃん、今日の業務は終了だよ。』
「だからそれやめてってば……」
伊達メガネを外して机に置き、背伸びをしながら席を立つ。
「ふわぁ……1時間なんてあっという間だなぁ……この後何しようかなぁ」
「またジムで暇を潰すかぁ……」
退院して数か月経った今も、相変わらず外出は禁止されている。
最近はフロアの一室をジムに改良してもらい、仕事終わりに1時間ほど運動をしている。
(せめて買い物とか行ければなぁ……)
外に出られないのはそれはそれでストレスだけど、この状況は自業自得なので仕方ない……
そんなことを考えながらタイムカードを押し、部屋のドアを開けようとしたその時、スピーカーから聡以外の声が聞こえた。
『社長!失礼致します……資料室の電子ロックが開かなくなりまして……』
『機器トラブルか……、業者には連絡した?』
『連絡はしたのですが、最低でも3時間はかかると言われ……』
『まいったな……午後のミーティングに間に合わないぞ』
(機器トラブルかぁ)
(私なら、手伝えることがあるかも……)
「さとるー!私がその機器見てみようかー?」
結構声を張り上げたと思うんだけど……返事がない。
「どうしよう……電話してみようかな……」
部屋の中をウロウロしていると、スピーカーから応答があった。
『ごめんごめん、ちょっとトラブルがあってね、どうかしたかい?』
「電子機器のトラブルでしょ?私なら多分直せるよ?」
『え?……でも、君に頼るわけには……』
「だーいじょうぶだって!お医者さんからも最近いい調子だって言われてるんだから!」
「困ってるんでしょ?私も力になりたいもん」
そうは言ったものの、スピーカーの向こうから私に頼りたくないという聡の意思を感じたので、さらにダメ押しをする。
「私の専攻は設計じゃなくて電子機器の施工管理なんだから!プロに任せなさい!」
元々私は機器いじりが好きでそっちの道に進んだのに、何故か設計ができるようになってしまった。
まぁPCのソフトいじるのは好きだったから別にいいんだけど……
しばしの沈黙の後、彼から応答があった。
『わかった、鈴木を迎えに送るから待っててね』
『焦らなくていいから、ゆっくり来てね』
「りょーかい!」
そう言われたものの、久しぶりに外出できるのでウキウキしながら支度をした――
「おぉ……ここがさとるの会社か……」
いつもの鈴木くんにハイヤーで迎えに来てもらい、訪れた先は彼の会社……なんだけど、
そこまで大きな会社じゃないと思っていたのに、目の前に現れたのは見上げるほどのビルだった。
「すごーい……何階建てだろうこれ……」
「たしか20階ぐらいだったと思いますよ」
「にじゅうっ!?」
一流企業並じゃないか……
「私すごい人と暮らしてたんだね……」
「そうですよ!神原社長は今やIT業界の期待の星なんですから!」
「はぇー……」
(そんな人と一緒に居ていいのかな……)
もっと、私なんかよりもお似合いの人が居るんじゃないかと思い、胸の奥がぎゅっと締め付けられた……
立派なビルの中に入り、エントランスの椅子に座って鈴木くんが受付を済ませるのを待っている。
エントランスには、社員と思わしきスーツを着て背筋を伸ばしたいかにも仕事が出来る、といった自信に満ちたサラリーマンやOL達が行き交っており、
私服姿の私は浮いているように見えて、少し……劣等感を感じた。
(私も……スーツで着た方が良かったのかな……)
体の不調のせいとはいえ、ほとんど仕事をしていない現況を思うと、この場にいるのがとてもつらい……
どんどんネガティブな思考に陥っていき、じわっと涙が浮かんでくる。
(だめだっ!これから作業するんだから……シャキッとしろ、私っ!)
頭を振って考えを散らすと、鈴木くんがこちらに駆け寄って来た。
「ゲストの入館証をもらってきました、それと、こちらも社長から渡す様に言われております」
「あー!私の工具箱……残ってたんだ」
前の会社に居た時に愛用していた工具箱がそのままの形で私の手元に戻り、思わず頬ずりしてしまう。
経費ではなくほとんど自費で揃えた物なので、とても思い入れがあるのだ。
隣に鈴木くんがいるのを忘れていたため、彼にくすっと笑われ我に返る。
「コホン……ごめんね、現場に案内してくれる?」
「わかりました、こちらへどうぞ」
彼に付いて行き、現場へと向かう――
「なるほど、このタイプか」
現場に着くと、資料室入口の引き戸が電子ロックで開かなくなっており、ロックを解除するためのカードリーダーはエラーを示す赤のランプが点灯していた。
「中に入ろうとしてカードを通したらピーッという音がして、それ以降カードを受け付けなくなってしまいまして……」
「一応メーカーに問い合わせて管理PCの方から再起動をかけてはみたのですが、状況は変わらず……」
当事者の人から現況を聞いて、なんとなく問題はわかった。
「〇〇社のやつかぁ、少々お待ちください……」
(とりあえず、今は中に入れるようにしよう)
手際よく工具を使ってカードリーダーのパネルを外し、基盤本体についている電源スイッチを切る。
少し待ってから再度立ち上げると、エラーランプが消えて使用可能を示す緑のランプが点灯した。
「ひとまず、これで使えるとは思います、カードをお借りしてもよろしいですか?」
社員の方からカードを受け取り、リーダーに通すとピピッという音と共に電子ロックが解除された。
「すごい!助かりました!」
「いえいえ、ただの応急処置なのですぐに再発すると思います。なので業者が来るまで可能であれば、開けたままのほうがいいと思いますよ。」
(ちゃんと直そうと思ったら専用のPCが必要なんだよねぇ……)
道具さえあればきちんと直せるのだけれど、今はこれが限界だ。
「すごい技術ですね……うちのシステム課もお手上げだったのに」
隣で見守ってくれていた鈴木くんが感心してくれた。
「本当はちゃんと直してあげたいんだけど、今はこれが限界かな」
「中に入れるようになっただけでも十分ですよ!ありがとうございます!」
ビシッと彼にお辞儀をされ、私は少し嬉しくなりくすっと笑った。
――そういえば、聡の姿が見えないな……
(忙しいのかなぁ)
せっかく彼の会社に来たので、少しだけ働いてる姿を見てみたいな、なんて思ってしまう。
そんなことを思ってきょろきょろ周りを見渡していると、鈴木くんに思惑を悟られたようで――
「あ、せっかくですから社長に会われていきますか?案内しますよ」
周りに気を遣ってくれたのか、彼は小声で私に聞いてくれた。
「あ……うん、いいかな?」
「はい!社長も喜ぶと思いますので!」
彼は笑顔でそう応えると、私を連れて社長室まで案内してくれた。
仕事をしている聡はどんな姿なのかな、と少しワクワクして彼の部屋に向かった――
――この時の判断を、後の私は後悔しただろう。
――ここでおとなしく帰っていれば、あんな思いをしなくてすんだのに……




